ティエン達と合流しだい、天降の泉へ行く。将軍グンヘイのことを考えると、不安なことも多いが、気持ちは行きたいの一択だ。
そう思わせるのは、ユンジェが麒麟の使いだからだろうか?
とにもかくにも、まずはティエン達と合流だ。でなければ話も進まない。
「サンチェ。お前、まだ俺に何か頼む気か? いい加減、俺の願いごとも聞いてほしいんだけど」
「べつに頼みごとがあるわけじゃねーよ。たださ、お前は俺達と一緒で家なしだろ? 兄さんと合流したら、二人で一緒にあの塒で暮らすのも良いんじゃないかと思ったんだ」
手が止まってしまう。
ただの冗談かと思いきや、見つめてくるサンチェの目は本気であった。
「ユンジェは俺達と同じ家なしで、けど俺達にはない、生きるための知識をたくさん持っている。お前が居れば、もっと暮らしが楽になると思ったんだ。年長が増えたら俺達も助かるし、ガキ達も頼りになる人間が増えて安心する。なによりお前のこと、もっと知りたいと思ったんだ」
いや、ちょっと違う。
一生懸命、素手でセリの土を落とすリョンの髪を撫ぜながら、「お前は俺以上に頼りになる」それが少し羨ましく、妬ましく、でも、どこかで安心させてくれる。
彼は微苦笑を零し、リョンの頬を指先で突いた。
「単純に俺も欲しいのかも、頼れる人間ってのが。ジェチも、トンファも、頼りにならないわけじゃねーんだけどな。あいつ等の前じゃ、どうしても気張る俺がいるから。二人もどこか、俺の顔色を気にするところがあるし」
率先して自分がやらなければ、しっかりしなければ、という気持ちになる。
しかし。ユンジェといる時は、その気持ちが薄れ、「こいつがいるなら何とかなるだろう」「何とかしてくれるだろう」という思いが強まる。対等な気持ちになれる。
出逢って日が浅いのに、そう思わせるのは、様々なユンジェの知恵を目の当たりにしてきたからだろう。
「お前くらい知識があれば、風邪をこじらせたガキ達も救えたかもしれない」
サンチェにはサンチェの、家長としての悩みがあるようだ。
思えば、サンチェは率先してウサギを捌いたり、塒にいる子ども達を守るため、己がオトリになったり、と自分から動いていた。
それは自分が頼られる存在だから、進んでやっていたのだろう。
彼と話している限り、サンチェは気が強い。精神的な芯も太く、剣の経験もある。年長の中で誰が頼れるかと聞かれれば、出逢ったばかりのユンジェですらサンチェの名前をあげることだろう。
そんな彼だからこそ、子ども達をまとめる頭として、家長として、誰にも言えない悩みや弱さを胸に秘めているに思えた。
ユンジェはサンチェをまじまじと見つめ、「ばかだろ。お前」と言って、からかってやる。
「俺が持っている知識なんて高が知れているよ。大したことじゃない。頼れるように見えるのは、俺がお前の知らない知識を持っているだけ。他のところを見れば、結構呆れると思うぜ。なんせ、俺は剣の腕っぷしもなければ、学びの知識もてんで持っていない。本も読めないんだぜ? これを聞いても、頼れそうに見えるか?」
それに。
「サンチェは何でも、一人で抱え込み過ぎだ。お前は確かに頼れるだろうけど、誰にも頼っちゃだめだとは決まっていない。つらくなったら、ジェチやトンファに弱音を吐いても良いんじゃないか? 二人と一緒に暮らして、生きているんだから」
一緒に生きるとは、頼り頼られるで考えるのではなく、楽しいことも、苦しいことも共に分かち合うことだとユンジェは思っている。
サンチェが悩んだら、きっとジェチやトンファも一緒になって悩んでくれることだろう。
話すことで、楽になることもあるやもしれない。
三人で乗り越えられる問題やもしれない。
もしかすると、幼い子ども達が解決の道に導いてくれるやもしれない。
リョンだって、さっき大きくなったら、サンチェの頼りになると言ってくれた。
本当はみな、率先して動くサンチェの頼りになりたいのではないだろうか?
「お前が気張っていること、じつは二人とも見抜いているんじゃねーの?」
いや、きっと見抜いていることだろう。毎日、同じ場所で過ごしているのだから。
「まあ。どうせ、お前のことだから、悩みながらジェチやトンファを振り回しているんだろうけど。あの二人には同情するよ」
しかと言ってやれば、サンチェが軽く声を上げて笑った。
「ユンジェくらいだぜ? 俺にそこまで生意気に言えるの。はっきり言いやがって」
「だってそうじゃないか。俺だってお前が初めてだよ。俺をいいように散々振り回してくれた奴」
言っている内に、ユンジェまで笑いが出てくる。彼の笑い声につられてしまったようだ。
「話せば話すほど、惜しい気持ちになるよ。お前が居てくれたら、もっと暮らしが楽しくなりそうなのに。ユンジェ、本当に無理なのか? 兄さんと一緒に歓迎するぜ?」
少しだけ、ほんの少しだけ心が揺らいでしまったのは、ユンジェ自身もサンチェと話していて楽しくなったからだろう。
生まれてこの方、同い年の同性と接する機会がなかったユンジェは、サンチェの誘いがとても魅力的なものに思えた。