起き上がる兵士を見掛けたので、ユンジェとサンチェは急いで里の中へ逃げる。冷静に考えれば、森へ逃げた方が得策だったのだが、遺憾なことに頭は逃げることで一杯だった。

 こぢんまりとした木造の家々が並ぶ道を突き進み、兵士らの手の届かないところまで足を動かす。

 そうして逃げた先は里の市場。
 そこは露天商のようで、店を持たない商人らが敷物を敷いたり、簡易的な店を作ったり、荷車に売り物を置いて商売をしている。

 二人は市場の細道に逃げ込んだ。樽の山を見つけたので、その陰に隠れて、足を休める。完全に息は上がっていた。

「ユンジェ、生きてるか?」

「一回死んだよ。昨晩から走りっぱなしで、足が悲鳴を上げている」

「悲鳴を上げているなら、まだ生きている証拠だ。元気そうでなによりだよ」

「言ってくれるよ。いきなり飛び出してくれて。せめて、一言相談しろよ」

 こめかみから流れる汗を衣の袖で拭い、大きく息をつく。周囲の様子を見る限り、兵士は撒けたようだ。

 きゅるる、腹の虫が聞こえた。
 ユンジェとサンチェは顔を見合わせ、視線を下ろす。犯人はユンジェの腕の中にいる幼女だった。そういえば、この子を連れて走っていたんだっけ。必死に逃げていたせいで、すっかり忘れていた。

 幼女は腹の虫について何も言わない。空腹だろうに。
 言えば、自分は見放される、置いて行かれる、とでも思っているのだろう。

 また、幼女はずいぶんと大人しい。荷車で運ばれている間、不当な扱いを受けていたのだろう。頬の青い痣が目立つ。

 ユンジェは幼女を膝から下ろすと、腰に巻いていた布をほどき、貴重な食糧を手に取る。

「ほら、ジャグムの実。美味しいぞ」

 声ひとつ出さない幼女に、ジャグムの実を差し出すと、ひどく怯えた目を向けられた。受け取って良いの分からないようで、何度もジャグムの実とユンジェを見比べている。
 可哀想に、よほど道中で大人に虐げられていたのだろう。一々こちらの反応を窺っている。

 なかなか受け取らない幼女に、サンチェが吐息をつく。彼は頭陀袋から水袋を取り出すと、それを幼女の前に差し出した。

「チビ。動かないなら死ぬだけだ。俺達があれこれ世話を焼いてやると思ったら大間違いだぞ」

「お、おいサンチェ」

 なんだ、その大人げない脅しは。呆れるユンジェを無視し、サンチェは幼女に続ける。


「お前はまだチビで生きる術も知らないし、判断力もねえし、大人に頼らなきゃいけねえ歳だ。けどな、ここにお前の頼れる大人はもういない。誰もお前を甘やかしてくれない。自分で動かなきゃ助けてもくれねえし、世話も焼いてもらえねえ。生きるなら、自分で頼りを作るしかないんだ。腹が減っているんだろ? 喉が渇いているんだろ? なら、自分で動け。声に出せ。ちゃんと口にして言え」


 そうしなければ、この先、生きていけない。
 厳しく幼女に告げ、「お前はどうしたい?」と尋ねる。このままだと腹も満たされないし、喉も潤わない。飢え死にするだけだ。

 しかと、厳しい現実を告げるサンチェの言葉は、少々幼女には難しいのだろう。必死に言葉を理解しようとしている。

 けれど、自分でどうにかしないといけない、現実は分かったようだ。

 小声でお腹が減ったと呟く。

 サンチェが聞こえない、と言えば、幼子はハッキリとお腹が減ったと、喉が渇いたと訴える。何か食べたい、飲みたい、それをサンチェに伝えると、彼はひとつ頷いた。

「じゃあ、お前は生きるために働かないといけねえな。水も食い物も、自分で手に入れないと、誰も何もくれない。お前、働けるか?」

「はっ、働けるっ」

「ほんとか? 大人は怖いし、助けてくれねーぞ?」

「それでも働くっ、絶対に泣かない」

 必死に訴える幼女の眼光は強い。サンチェはその目に満足すると、水袋を手に持たせ、頭に手を置いた。


「よく言った。なら、お前は今日から俺が面倒看てやる。これからは俺を頼りにしろ」


 わしゃわしゃと頭を撫で「まずは飲んで食え」と、サンチェが優しく言葉を掛ける。