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霞ノ里が見える森の中。
日差しを遮る大きな木の下で、ユンジェとサンチェは倒れていた。意識はあるが、もう一歩も動けない。そんな状態であった。
原因は夜通し走り回っていたせいだった。
あれから大変だったのだ。
少しでも幼子らがいる洞窟から大人を遠ざけようと、松明を持って自分達の居場所を示しながら逃げ回り、なおかつ追っ手の人数を把握しつつ、絶対に捕まらないよう全力で走り……とにもかくにも、撒くのに時間を要した。気づけば月は沈み、太陽が顔を出していた。
ああ。眠い、疲れた、腹減った。
いまの二人に襲いかかるものは、これらであった。
「サンチェ。生きてるか?」
「一回死んだ。もう無理、走るどころか立てねえ」
「俺もだ。体力には自信あるけど、夜通し走るなんて初めてだから」
結局、大人達がどれくらいいたのか把握はできなかった。
三人だったかもしれないし、五人だったかもしれない。もっと多かったかもしれない。
夜の森はどこにいて、人の気配がするような気がして、数なんて数える暇がなかったのだ。
周りに何人大人がいるかも分からず、捕まらないように走る。それがどれだけ怖いものか、ユンジェは一晩でたっぷり思い知らされた。
それでも。逃げ切ったのだから自分達の勝ちだ。目的地も目の前。理想の結果だ。
「ユンジェ」
隣で大の字に寝ているサンチェが、片手を上げてきた。頬緩め、ユンジェも片手を上げる。二つの手がまじり、気持ちの良い乾いた音が響いた。
「ありがとな。サンチェ。お前のおかげで目的地がそこにある。お前達に襲われなかったら、もっと早く着いていたかもしれないけど」
「ははっ。ま、いいじゃんか。着いたんだから」
二人は顔を見合わせ、小さく笑う。
大人達を撒けて、とてもすがすがしい気持ちであった。
動けるようになると、二人は手頃な木の洞に潜って夕方まで仮眠を取り、目が覚めると、ジャグムの実を分け合って腹におさめた。
これからユンジェはティエン達を探しに、サンチェは年長や幼子らのために里で物を盗むという。
彼がやることは、まぎれもない悪行だが、暮らしの事情を知っているユンジェは何も言わなかった。
ただ、ここでお別れなのは少しさみしい、と思った。
腹立たしい出逢いではあったが、なんだかんだで、サンチェのこともジェチ同様嫌いではなかったのだ。
もっと、別のところで出逢えば、彼のことを知れたかもしれない。別れは残念に思う。
そんなことを思いながら、サンチェと霞ノ里入り口へ足を運ぶと、目を瞠る光景が待っていた。
その光景を見るや、思わずサンチェと近くの木にのぼり、身を隠してしまう。
入り口には、見知らぬ子ども達が荷車に載せられ、拘束されていたのだ。
「十はいるぞ。あれ」
ユンジェは荷車にいる子どもの数を数える。
下は五から、上は十四、五だろうか。様々な年齢の子どもがいる。
共通していえるのは、子どもらはみな、涙を流したり、感情を堪えたり、絶望したりと、負の思いを顔に貼りつかせていることだ。目の色に輝きがない。
あまりに大きな声で泣くと兵に怒鳴られ、槍頭で叩かれる始末。
まるで家畜のような扱いだ。
あの子どもらは、荷車に繋がれた二頭の馬と同じなのだろうか。
「ひどいな」
「たぶん、どこかの村か町で仕入れたんだろ。俺が暮らしていた椿ノ油小町のように、夜襲をかけてさ。売り物にするつもりなんだろうぜ」
忌々しそうに下唇を噛み締めるサンチェは、激しい憎悪を面に出した。子どもらの扱いと兵の態度と、そして故郷を焼かれた記憶に憤りを抱いているのだろう。
しかし、木の上に身を隠すユンジェ達にできることはない。