麟ノ国十瑞将軍ウェイの息子、将軍グンヘイは(かすみ)ノ里の中央に湧く泉、天降ノ泉を屋敷から眺めていた。

 いつ見ても崖から見える、泉の景色は素晴らしい。張りつめる厳かな空気といい、囲み木々の貫禄といい、青々と澄んだ泉の色といい。あの泉は宝石そのもの。

 その昔、第二王子セイウが泉の美しさに見惚れ、七日も泉へ通って眺めていたという逸話があるが、それも頷ける。ああ、いずれ、この泉は我が物にしてくれよう。


「懐剣の小僧は見つかったか」


 近くにいる若い兵に尋ねると、まだ知らせが入っていない、と返事した。
 気に食わない知らせだったので、淹れたての茶を顔に掛ける。悲鳴を上げ、その場に膝をついた。数人の兵が微かに反応したが、グンヘイが睨むと姿勢を正した。

 まだ見つからない。なんたることか。

 グンヘイは顔を擦っている兵の頭を蹴り飛ばすと、それを窓から放っておけと、他の兵に命じた。

 兵達に動揺が走るが、やれ、もう一度言えば、言われた通り、痛みに苦しむ兵は窓から放られた。塵切れ同然のそれは悲鳴を上げながら崖から落ちていった。面白い光景なので腹を抱えて笑う。

 気持ちが落ち着くと、兵達に一刻も早く麒麟の使いを見つけ出すよう命じた。

「あれは第一王子リャンテ、第二王子セイウが狙っている。それぞれ、私を伝手にしているのだ。こんな好機はまたとない」

 グンヘイを配下にしている第二王子セイウは、竹簡で便りを寄越した。

 麒麟の使いリーミンが天降(あまり)ノ泉に必ず現れる。逃してはならない。捕まえ次第、己の下へ送るよう、事細かな命令と目が眩んでしまうほどの報酬内容が記されていた。
 セイウの懐剣を抜いた少年だ。あれ自身は、一刻も早く手元に置いて安心したいのだろう。

 されど一方。グンヘイの下に、西の白州を統べる第一王子リャンテ自ら、ここを訪れた。

 リャンテは、しばらく此処に滞在させてくれる許可と、麒麟の使いを見つけ次第、己に渡す交渉を取り付けてきた。気前の良い王子は袋いっぱいに宝石を贈ってくれた。くれると言っているのだから貰うのが礼儀。グンヘイはリャンテの交渉を呑んだ。

 そして。
 グンヘイ自身、麒麟の使いリーミンを探している。どちらにも差し出す気はない。捕まえ次第、グンヘイは王都にいるクンル王へ差し出すつもりだった。
    
 グンヘイはリャンテの話で知っている。

 双方の王子が密約を交わしていることを。君主であるクンル王の意向に逆らい、リャンテ、セイウ、各々の行動を知りながら目を瞑っていることを。

 であれば、それと麒麟の使いを手土産にクンル王に献上すれば、たちまち己の地位は返り咲くことだろう。
 元は黄州の守護を任されていた十瑞将軍ウェイの息子が、こんな土くさい青州に左遷されるなど、グンヘイには受け入れ難かった。

 栄光ある人間には、それ相応の土地を守護し、未来永劫その名を轟かせるべきなのだ。

(いや。それとも、私が持っておくのも手か?)

 麒麟の使いをもし、我が物にすれば、国すらグンヘイの物にできるやもしれない。己は晴れて王族の人間になれるやもしれない。おお、想像するだけで心が踊る。

 絵空事を描くグンヘイは、目の前の現実をすぐに忘れてしまう、たいへん愚かな男であった。欲深いので、すぐに自分の利益にできないかどうかを考えてしまう。

「グンヘイさま。今朝、東の村跡より子どもを六人捕らえたそうです」

「麒麟の使いがいなければ、いつもどおり財に換える。調べろ」

 グンヘイの指示に一礼し、兵が退室していく。それを見送ると、子どもの価値について考え始めた。

(今回は六人。その中に男は何人入っているだろうか。それによって、他国へ売る価値も変わってくる)

 子どもはいい。
 弱く惨めで何もできない。しかしながら、若さがある。だから売れる。あれを財と見ないとは勿体無い。

 子どもはいい。
 とても、金になる。成熟した大人よりずっと、金になる。

「グンヘイさま。また、例の賊が現れた模様。如何しますか」

「また、例の賊か。兵を出せ」

 ご機嫌だったグンヘイは例の賊、という言葉に唸り声を上げた。いつも、あれのせいで子どもを捕らえても逃げられる。早いところ、賊の撲滅を目指さなければ。

「グンヘイさま」
「今度はなんだ」

「はっ。第二王子セイウさまの使者より、セイウさまが宮殿を発ち、ここへ向かっているとのことです」

 唸り声が驚きの声に変わる。あの引きこもり王子が、わざわざ霞ノ里へ向かっている。まさか、そんな。思わぬ知らせにグンヘイは、大きな動揺を見せた。