ジェチはかたい皮を持つハゼの実をユンジェに見せると、木の特徴を細かく教えてくれた。
その後、実を潰して布に包むと鍋で蒸す。さらにそれを、小鍋で熱して不要な物を取り除き、湯呑みなどの器に移して固まらせれば、蝋燭の出来上がりだ。
「蒸したハゼの実を絞ると、もう油が出てくるんだけど、それは使えるから」
「固まらせる前なのに?」
「うん。十分、油として使えるよ。たき火や松明の火の点きが悪かったら、これで補える。ただ、食用としては使うのは難しいけどね」
手際よく布を絞るジェチの知識は、聞いていて本当に面白い。彼は単に蝋燭の作り方を教えるだけでなく、絞った油の用途も教えてくれるのだから。
また、学び舎で頭が良かった、という話は本当らしく、ジェチはユンジェに分かるよう、教え方を工夫した。
数があまり分からないユンジェのために、分量の話をする時はまとめた数を言うのではなく、十の数を三つ、五の数を二つ、という具合に表してくれた。
さらに、ジェチは作業の工程は声に出させた。
「口に出したら、頭に刷り込まれるんだ。本に書いてあることを覚える時、僕はよく声に出していたよ。人間って見ても、すぐに忘れるから、見る以外のことでも記憶しないとね」
そう言って彼は木の器に、絞ったハゼの油脂を注いだ。
こうして、二人はたき火の前で蝋燭の作り方を、紐の編み方を教え合う。ジェチはティエン並みに手先が不器用だったが、取り組む姿勢も彼と同じくらい熱心だったので、すぐに上達するだろうと思った。
作業をしながら、たくさんの世間話をした。
年齢から家族構成、お互いの生活、己の身の回りにいる人間の話。平和な話題を和気あいあいと語った。同性同年と話すのは、じつはこれが初めてだった。
「誰かを襲って、盗みを働くなんて本当はしたくないんだ。不誠実だって分かっているから」
ジェチは現在の暮らしに、心を痛めているようだった。
他人から物を奪って暮らしている日々に後ろめたさがある様子。両親や学び舎から、それをやっては天に裁かれる、と教わったからこそ、心苦しいのだと、彼は吐露した。
盗みを働いたせいで、塒を突き止められ、大人達から捕まえられそうになり。家族同然だった仲間は大人達に捕まって殺され。自分の命すら脅かされる。何一つ良いことなんてない。
それでも、それをしなくては食べていけない。誰も助けてくれない。綺麗ごとなんて言っていられない。いつも気持ちは板挟みだという。
「やってはいけない。そう教わったことは死ぬまで、やらないと思っていたのに。大人になったら、家を継ぐものだとばかり思っていたのに、当たり前の明日が壊れる日がくるなんて思いもしなかったよ」
ユンジェは相づちを打つ。痛いほど気持ちは分かる。
「明日が壊れたと思ったら、知らない土地で家なし。二人の妹とも生き別れになるし。本当に参るよ。大人は無条件で助けてくれるものだと思ったら、案外冷たいしさ」
やや上擦る声をユンジェは聞き流す。それが優しさだと知っていたから。
「こんな目に遭っても、まだ生きようとする、しぶとい自分には驚くよ。本当はとっくに心折れて絶望しているのに。ううん、これはちょっと違うかな。ただ、死ぬことの方が生きることよりも、ずっと怖い。だから、必死に生きてる」
でも、これは正しい選択なのだろうか。ジェチにはよく分からないという。彼は本当に礼儀正しく、良識ある人間なのだろう。
ユンジェも、話を聞くだけでは判断が難しい。
そこで自分に置き換えて考えてみる。
ジェチよりもずっと悪いことをしているユンジェは、この選択を正しいとは思っていない。きっと人殺しをしてまで生き続けることは、間違いなのだろう。
それでもユンジェは生きる。ティエンとの約束を守るために。
「正しくても、間違っても、ジェチは簡単に死ねないんじゃねーの?」
「え?」
「だって。サンチェ達が許してくれなさそうじゃんか。年長が減ったら、ガキの世話がもっと大変になるって騒ぐんじゃねーの?」
弱々しい笑みが返ってきた。
想像ができたのだろう。彼はサンチェが絶対に許してくれなさそうだ、と言って肩を竦めた。曰く、誰よりも身内を大切にする男らしいので、下手なことをしたら扱かれるとのこと。
だったら。扱かれないためにも生きなければ。
いまはそれを理由にしても良いではないか。
そう言って励ますと、「脅された生き方だよ」と、ジェチがおどけてみせる。元気が出たようで良かった。
その時であった。
洞窟の外で稽古をしていたサンチェが、険しいかんばせで中に入ってくる。
何か遭ったのか。
彼に尋ねると、「近くに大人がいる」と、言ってたき火の前に片膝ついた。
「話し声が聞こえてくるんだ。どうも、将軍グンヘイの兵っぽい。盗みを働いている子どもを探している」
「僕達はこの辺じゃ有名な盗っ人だからね。昼間は兵士のお金を盗んだし、ついに動いたか」
「ああ。けど、話を聞いていると、グンヘイは以前のように子どもを片っ端から集めているみたいなんだ。あと、なにかを探しているみたいだったな。麒麟の使いがなんたら」
ユンジェは思わず立ち上がってしまう。
サンチェとジェチが声を掛けてくるが、耳に入って来ない。