サンチェは、まず霞ノ里について教えてくれる。
そこは、かつて天降ノ泉を管轄していた里で、多くが神官の者。麒麟の憩いとされている泉を、長年守護してきた。
しかし、将軍グンヘイの武力により、今は泉共々里も統治され、天降(あまり)ノ泉はグンヘイの許可なしに立ち入ることができない。
無許可に入れば、謀反者と見なされ、厳しく罰せられるそうだ。
サンチェは霞ノ里の者ではないが、盗みを働くために、最近よく里へ足を運んでいる。
そこで見せしめ処刑を目にし、大人達の会話を盗み聞いて、事情を知ったそうだ。まさか、自分の町を襲った元凶がこの里と泉を統治しているなんて。
腸が煮えくり返りそうになったと同時に、恐怖心を抱いたという。
将軍グンヘイに見つかれば、また子どもを捕らえるために兵を放つのでは? それが気が気ではないそうだ。
だったら、塒を変えれば良い話だろうが、いまの塒は、どこよりも快適で、水にも困らず、雨風も凌げる。
また身も隠しやすいので、簡単に離れることはできないとのこと。
閑話休題。
かつて、泉を守護していた霞ノ里の人間ですら、足を踏み入れることが許されない泉に、小汚いユンジェが入れるわけがない。サンチェは意見した。
まったくもってその通りだが、ユンジェはどうしても、天降ノ泉に行かねばならない。ティエンらと繋がっている点はそこしかないのだから。
しかし困った。思ったより、ややこしい話になっている。
「天降ノ泉は里の近くにあるのか?」
「ど真ん中」
「真ん中?」
「ああ。天降ノ泉は、霞ノ里の中央部にあるんだ。元々霞ノ里は、泉を守護するために出来たようなものだから、泉を守るため、里が囲んでるって聞いたぜ?」
ますます厄介な話だ。
将軍グンヘイといえば、ティエン達が怒れていたほど、ひどい大人で愚図と聞いている。
さらに第二王子セイウの配下の者であり、王族と直結の繋がりを持つ者。麒麟の使いのユンジェにとって不都合極まりない存在だ。
極力、見つからないよう、隠れながら泉に近づきたいが、グンヘイが統治している里の中にあるなら、それも難しい。
(おおよそ、グンヘイも里にいるだろうしな)
せめて、彼の居場所だけでも掴んでおきたい。ユンジェはサンチェに、将軍グンヘイは里のどこに住まいを設けているのかを尋ねる。
「普段は天降ノ泉の真上にある、崖の屋敷で暮らしているらしいぜ」
「真上? それって天降ノ泉の敷地に屋敷を建てたってことか?」
「そういうこと」
間の抜けた声が出てしまった。
「そこ、聖域だろ? そんな罰当たりなことして良いのか?」
さすがのセイウも、聖域に屋敷を建てる行為は我慢ならないだろうに。
「詳しいことは分からないけど、グンヘイは二つ屋敷を持っていて、一つはでっかい屋敷を里の入り口に建てている。客が来たらそこで応対しているみたいだ。崖にある屋敷は、離れ家なのか、とても小さいんだ」
小さい。
目立たないように造っていると考えて良いのならば、グンヘイはセイウや他の王族に黙って、離れ屋敷を建てたと推測できる。
でも、なぜ。
大小関係なしに屋敷を建てれば、いずれ、それはばれる。屋敷は到底隠せるものではない。隠し通せる自信でもあるのか? あのセイウ相手に。
(いや、それとも。セイウが敢えて目を瞑っているか)
ぞくり、と背筋が凍る。セイウのことを考えるのは、もうやめにしよう。あっという間に、リーミンになりそうだ。
とにもかくにも。次の目的地は決まった。天降ノ泉へ行くため、霞(かすみ)ノ里へ赴く。その後ことは、里に着いてからだ。
そのためにも。
「サンチェ。霞ノ里まで連れてってくれよ。どうせ、盗みでよく行くんだろ?」
「銅貨五枚で手を打ってやっても……冗談だって。さすがにトンファのことや、飯まで作ってもらったし、そこまで要求しねえから、刃物は仕舞え」
へらっと笑うサンチェに、目を細めつつ、ユンジェは抜きかけの懐剣を鞘に戻す。
「ユンジェって怖い奴だな。すぐ暴力に走る」
「不思議だな。サンチェ相手だと、我慢が利かなくなるんだ。普段の俺は、何をされても怒らないし、聞き流すんだけど」
「……聞いた俺は、それを喜んで良いのか?」
複雑そうな顔を作るサンチェに、ユンジェは心中で舌を出しておく。
本当に不思議な話、サンチェ相手だと、思うよりも先に行動が出てしまう。じつは、それだけ、根に持っているのかもしれない。襲ってきたことや、嵌めてきたことに。
「チビども。このお兄ちゃんは短気だから、話し掛ける時はご機嫌取りしてからにするんだぞ。怒ると刃物を振り回してくるぞ」
向こうにいる幼い子ども達に、いたらんことを言うサンチェも同じ気持ちなのかもしれない。
顔を引きつらせるユンジェに赤い舌を出し、サンチェは「塒で脅すからこういうことになるんだぞ」と、言って笑った。ただでは屈しない男だった。