しかし、現実は残酷であった。逃げ切った子どもらに待っていたのは、自給自足の生活だったのだから。

「家も服もない。食い物も水もない。こんなこと初めてだった」

 子どもらと町に辿り着いても、大人達は汚い物を見るような目で見るばかり。誰も助けてくれず、寧ろ町の品位が下がるという理由で、追い出されてしまった。

 そこで世の厳しさを知ったサンチェは、どうにか暮らせそうな洞窟を見つけ、毎日のように生活物資を求めた。

 町に忍び込み、金を持っていそうな大人から銭を盗んだ。
 出店があれば、そこにある物を手早く懐に隠し、襲えそうな人間は次から次へと襲った。(ねぐら)がばれると、その洞窟を捨て、次なる(ねぐら)を子どもらと探した。

 そうして、今の生活があるのだと彼は教えてくれる。

「転々としている内に、一緒に暮らすガキも減っていったよ。最初は十いた数も、今じゃ四人。みな、過酷な生活に堪えられず、風邪をこじらせて病死しちまった」

 年長の数も減った。
 暮らし始めた当初は、五人いた年長も盗みに失敗し、一人は兵に撲殺、一人は斬り殺された。しかも前者は少女、サンチェの一つ上の姉だったそうだ。

「気立ての良い姉さんだった。腹空かせたガキどものために、どうしても菓子を食べさせたくて盗みを働いたんだが……ヘマしちまって」

 生々しい話だ。ユンジェは哀れみの気持ちを抱いてしまう。

「向こうにいるジェチも、妹を二人失っている。一人は病死、一人は逃げる時に生き別れた。生き延びてくれていると良い、なんてあいつは口癖のように言っているけど」

「子どもだけで生きるってのは、すごく難しいからな。俺も(じじ)が死んで、独りで畑仕事していたけど、心折れそうになるぜ。独りで生きるってのは」

 ユンジェは、たらればを考える。
 
 ティエンに出逢わず、独りで畑仕事をしていたら、きっとこんな過酷な旅は強いられなかっただろう。古くはあったが、雨風凌げる家もあり、今ほど食べ物にも困らなかっただろう。命を脅かされる心配もなかっただろう。

 けれど、彼と出逢わないことで、ずっと独りで生活していかなければいけないのであれば、ユンジェは迷わず、この過酷な旅を選ぶ。

 それだけ独りはつらい。
 それは子どもにとって、空腹時よりも、理不尽に罵られる時間より、ずっと、ずっと、地獄だ。

 過酷でも、やっぱり誰かと時間を共にする方が良い。ああ、なぜだろう、無性にティエンの顔が見たくなってきた。彼は元気だろうか。

「お前は青州のどこらへんの人間なんだ?」

「俺は紅州の人間だよ。笙ノ町の近くの森に暮らしていたんだけど、兵士が火を放ったから、今はもう森も町はない。ついでに追われている身だ」

 サンチェが同情の眼を向けてくる。

「お前も家なしか。けど、俺らより強く生きる術を知ってそうだな。ウサギも綺麗に捌けていたし、肉を塩で揉んでたのも、保存食だって言うし」

「農民は強くなきゃ飢えて、野垂れ死ぬしかないんだよ。俺の方こそ、こんな暮らしの中、塩漬けを知らないことに驚いたんだけど。お前、今まで保存食を口にしたことないのか?」

「口にしたことはあるかもしれねーけど……町が亡ぶまで飯はいつも、母さんが作ってくれたからな」

 なるほど。ユンジェは合の手を入れる。
 要するに、ティエンのように、誰かにしてもらっている生活を送っていたのか。それならば納得できる。

「もうひとつ、お前はなんで天降(あまり)ノ泉に行きたいんだ? あそこは将軍グンヘイが管轄している聖域だぜ?」

「俺の兄さんと再会するためだよ。血は繋がっていないけど、俺にとってそいつは兄さんも同然。その兄さんとはぐれちまって」

「でも。天降(あまり)ノ泉に行くのはお勧めしないぜ? 昼間も言ったけど、近付いたら老若男女問わず、殺されるのが関の山だ。(かすみ)ノ里の人間ですら殺されることがあるんだからな」

「それは、どういう意味だ?」