その姿を見つけた幼子らが興味本位で近づいて来ると、彼は来ては駄目だと声音を張った。幼子にとっても彼は頭的存在のようで注意されると、おとなしく従い、持ち場へと戻っていく。
「べつに見せても良かったんじゃねーの?」
ユンジェは物心ついた頃から、捌くところを見てきた。最初こそ恐ろしい光景に見えるだろうが、すぐに慣れることだろう。
生きるために食べるとは、そういうことだ。
「泣くのが目に見えているんだ。チビひとりが泣くと、それに感化されて、他の奴等まで泣き出す。今日はあやし上手のトンファが寝込んでいるし、見せない方が俺達の楽にもつながる。年長は俺合わせて三人しかいねーし」
「だからって。追い剥ぎしようとした俺を人手として数えるなんて、お前、ずいぶんと良い性格しているな。俺は先を急いでいるのに」
「誰もタダで教える、なんて言ってないだろう? お前もタダで教えろ、なんて言ってないし」
「追い剥ぎに対する罪悪感はねーのかよ」
「まあまあ。コソ泥呼ばわりされた仲じゃん、俺達」
それは、そっちが勝手に巻き込んでくれただけの話ではないか。じろりと睨むが、サンチェはひひっと笑うだけ。まんまとしてやられた気分だ。
ウサギを捌き終えると、ユンジェは肉の半分を鍋に放り、もう半分は塩漬けにする。
幸い、洞窟には必要最低限のものが揃っており、その中に塩が入っていた。
サンチェはそれを、なぜ塩漬けにするのか知らないようで、たいへん不思議そうな顔をしていた。保存食を知らないようだ。食い物に困ったことがないのだろう。
ユンジェは湯がいたジャグムの実を木の棒で潰し、湯を注いで粥状にすると、それにウサギの肉と塩を入れた。
甘しょっぱいジャグム粥は、ティエンと二人暮らしをしていた頃、よく食べていたもので、腹持ちも良く、二人の大好物でもある。
腹を空かせた幼子らに配ると、それはそれは美味そうに粥を頬張っていた。
よほど空腹だったのだろう。ウサギの肉は取り合いとなっていた。
また、サンチェらにも好評で、森に生っている毒の実がこんなにも美味いとは知らなかった、と感想を述べている。
確かにジャグムの実は食べ方を知らないと、毒の実になりうる。しかし、食べ方さえ気をつければ、美味しい食材となる。知識の有無で、こんなにも差があるのだから、常々無知とは怖いものだ。
「毒の実が食べられることが分かって良かった。これで、少しは食い物不足も解消される。この洞窟には、食い盛りのチビが四人もいるからな」
サンチェは、嬉しそうに食事をしている幼子らを愛おしそうに見つめた。
粥を平らげた幼子らは、我先におかわりをしようと鍋に群がっていた。それを止めるため、ジェチが腰を上げる。
「あれはお前の兄弟か?」
「いや。知らねーガキども。共通しているのは、椿ノ油小町の生き残りってことか」
椿ノ油小町。
それは、ユンジェの脳裏にしかと残っている。そうか、ここにいる子ども達はみな、椿ノ油小町の子どもなのか。大人達がいないのも納得ができる。
「少し前に、椿ノ油小町を通ったよ。町は亡んでいた」
間を置き、サンチェは答える。
「あの町は、将軍グンヘイの手によって亡ぼされた。ガキの俺には、なんでグンヘイが町を亡ぼしたのかは分からねえ。ただ、あいつのせいで町の人間は死んだ」
「戦があったと聞いたけど」
「戦? そんな優しいもんじゃねーよ。あそこの人間は、訳も分からず押しかけてきたグンヘイの兵によって虐殺されたんだ」
元々ここにいる子ども達の大半は商人の子ども。朝昼は学び舎で過ごし、それが終わると友と遊び、夜は家族と過ごす日々を送っていた。
サンチェ自身も似通った生活を送っていた。
父親が町の警備兵だったこともあり、度々剣の稽古を強いられていたが、それをのぞけば平々凡々な生活を過ごしていた。
あの日々は楽しかった。学びが嫌で、友と朝からサボる日もあれば、剣の稽古から逃げ、町を歩き回ることもあった。今思うと、本当に幸せな時間だった。
そんな日々が崩れた、悪夢の夜。
将軍グンヘイの兵が、寝静まった椿ノ油小町に夜襲を掛けた。
問答無用で家の扉を壊され、兵が押し入り、町人らは襲われた。時に火薬筒を投げられ、家を壊された。
逃げ惑う町人の多くは捕らえれ、中には斬り殺されるものもいた。
家族と逃げていたサンチェは、捕らえられ、大人達と別々にされる。子ども達は集められ、次から次に荷車に乗せられた。
対照的に捕らえられた大人達は、町の外れにある椿農園に集められ、納屋に閉じ込められた。
そして、納屋に名産となっている椿油をたっぷりと掛けると、四方から松明を放った。その後、大人達がどうなったなんて言わずとも分かるだろう。納屋にはサンチェの両親もおり、揃って非業の死を遂げたという。
捕らえられた子どもらは、訳も分からず親を殺され、頼りを失った。兵の会話を盗み聞き、どこか遠くへ売られることを知った。
連行される道すがら、ふたたび戦が起こった。
どこぞと知らぬ賊が、グンヘイの兵を襲ったのである。逃げる隙ができたことで、子ども達は荷車から下り、散り散りになりながら逃げ回った。ただただ売られることが怖かった。
サンチェもその一人だった。友や見知らぬ子どもらと逃げ惑い、やっとのことで兵達を撒いた。それで事が終われば幸せであった。