上手い話には必ず、裏がある。

 これは昔々、物売りをする心得として(じじ)から教えてもらった言葉だ。商人は言葉巧みに上手い話を突きつけ、売り手の心を掴んだところで、とんでもない要求をしてくる。
 だから、甘い言葉を簡単に信じるな。上手い話の裏側は理不尽の集まりなのだから。そう、口酸っぱく言われたものだ。

 強く教えられていたのに、このザマはなんだ。

 ユンジェは深いため息をつき、ジャグムの実を剥く手を止めた。

 後ろを一瞥すれば、幼子が懸命にジャグムの実を洗っている。そっと目を引くと、向こうのたき火で鍋に水を入れている幼子数
 出入り口では、ユンジェを追い剥ぎしようとした少年らが、たき火のための薪を作っている。

 ここは森の一角にある、大きな洞窟の中。追い剥ぎ少年らの(ねぐら)である。


(なんで俺はここで、ジャグムの実を剥いてるんだよ)


 天降(あまり)ノ泉を目指していたユンジェは、追い剥ぎ少年らのせいで、目印としていた川を見失ってしまった。
    

 振り出しに戻ってしまったところ、少年らが目指すべき泉の場所を知っていると言うので、お詫びも兼ねて案内してもらったら、これ、である。

 彼らはユンジェを(ねぐら)に連れて来るや、泉に案内する代わりに夕餉の手伝いをしろと申し出てきた。仲間が腹痛(はらいた)を起こしたせいで、人手が足りないとのこと。


 要するにタダでは教えない、というのだ。


 当然、ユンジェは頭にきた。少年らのせいで迷子になったのだから、そこは慈悲を持って案内するべきではないか。

 寧ろ、腹痛(はらいた)を起こした仲間を助けたのだから、元は取れていると思うのだが、少年らの頭であるサンチェは、当たり前のように交換条件を突きつけてきたのである。

 当初、断る気でいたユンジェだが、洞窟で待っていた幼い子ども達がサンチェらの帰りに気づくや、嬉しそうに駆け寄り、「おかえり」と「お腹すいた」を口々に言った。

 また、ユンジェを興味津々に見つめ、「こんにちは」と言って歓人。桶の水を零してしまう幼子もいたが、泣きそうな気持ちを抑え、ふたたび洞窟の奥にある湧泉へと向かった。
迎してくる。

 そんな幼子達の腹の虫を聞いてしまったものだから、ユンジェはつい情に流されてしまった。
 縁もゆかりもない者達なので、さっさと立ち去れば良いと頭で分かっていても、無邪気に見つめられると非道にもなれない。

 しかも。この幼子達の目を見ていると思うのだ。

「新しいお兄ちゃん。剥けた実はお鍋に入れて大丈夫?」

「ああ、いいよ。重たいから、ちょっとずつ持って行けよ」

 うんうんと頷く幼子が衣を広げ、剥いたジャグムの実を鍋に持っていく。重たいのか、足をよろめかせているが、一生懸命だ。
 その姿にユンジェは遠目を作った。

(妙にティエンと重なっちまうんだよなぁ。ってことは、あいつ、ちっちぇガキ達と同じってことだよな)

 何をするにも初めてで不器用、それでもって一生懸命。
 出来れば褒めてくれと、恥も外聞もなく言ってくるティエンと、ここにいる幼子らがどうしても重なる。放っておけない理由のひとつだ。

 おおよそ、ここにいる子ども達は孤児なのだろう。
 周りに大人の姿はなく、代わりを務めているのが、追い剥ぎ少年ら三人だとみた。その証拠に重労働は、彼らが率先してやっていた。
 現在、野ウサギを捌いているようだ。サンチェとジェチの二人がかりで作業にあたっている。

 その覚束ない手つきと、険しい表情に目を細めると、剥きかけのジャグムの実を置き、彼らの下へ向かう。

「ジェチ。しっかり、松明を持ってろ。手元が見えねえ」

「そんなこと言われても。僕はもう、吐きそうだ」


「ばか。捌いている俺の方が、お前よりずっとつらいって」


 ぐちゃ、ぐちゅ、その音を聞く度にジェチの顔色が悪くなっている。
    
 ユンジェは松明を持っている彼に場所を代わるよう告げ、サンチェの持っていた刃物を取り上げると、手早く野ウサギを捌き始める。


 ひどい捌き方だ。皮も剥いでいなければ、臓器の抜き方もなっていない。


「次、野ウサギを捌く時はまず、血抜きをして皮を剥げよ。ウサギの毛皮は綺麗に剥がせば高く売れるし、物々交換にすごく使える」


 足先に刃を入れ、丁寧に皮を剥いでいく。乱雑に捌いたせいで、皮が所々血で汚れていたが、そこの部分の毛は削ぎ落せば、そこそこ高く売れるだろう。

 水桶に刃物を入れ、軽く血を落とすと、布で拭き、今度は臓器抜きを始める。

「お前、手慣れているな。上手いし早い。狩人の子どもか?」

「ただの農民だよ。けど、狩りをして食いつないぐことも多かったから、こういう作業には慣れているんだ」

「そうか。どうりで。あっ、ジェチ。吐きそうなら、外で吐いて来いよ」

 青い顔をしているジェチは、何度も頷き、洞窟の外へと消えていく。間もなく嘔吐く声が聞こえた。彼は獣の血を見ることに、不快感を抱く人間のようだ。出逢った頃のティエンを思い出す。

 対照的にサンチェは辛抱できる型なのか、ユンジェの作業を熱心に見つめている。