(しかも。これには麒麟の使いを見つけ次第、王都へ連れて行くよう記されている。クンル王自らは、ユンジェを欲するようになったか)
竹簡を乱雑にたき火に放った。
それを面白そうに眺めながら、リャンテは言う。クンル王は老いた。あれは息子らにすこぶる怯えた、老狸のようだ、と。
「昔はどんな相手にも、策で化かし、力でねじ伏せていたっつーのに。その面影は薄れた。貴様とセイウの懐剣に使いが宿った知らせを聞き、親父は馬鹿みてぇに恐れを抱いている」
つまらない親父になったものだ。月日の残酷さを痛感する。
「まっ。麒麟が使いを寄越すということは、近々一つの時代に終焉を迎えるということだからな。息子らに首を討たれるんじゃねーか、なんて杞憂してやがるんだろうぜ」
無論、己の懐剣にもいずれ、使いが宿ることだろう。
王位継承権を持つ血を分けた兄弟が、各々使いを手にしたのだ。同じ王位継承権を持つリャンテとて、その日は近いことだろう。
反面、他の王族は抜くことができないはずだ。断言できる。
「あくまで俺の憶測だが、麒麟は正式な王位継承権を持つ、王族にしか使いを寄越さない。なぜなら、それらの中に次の時代、黎明期を作る王が誕生すると睨んでいるからだ」
その証拠に麟ノ国第一王子リャンテ。第二王子セイウ。そして第三王子ピンインが、ここ青州の地に集っている。
数年に一度しか顔を合わせない王子達が、星に導かれるように、同じ大地に立っている。偶然にしては出来すぎている、とリャンテ。
もしや、自分達は導かれているやもしれない。黎明皇を導く、麒麟の使いに。それを考えるだけで、ぞくぞくすると、彼は赤い舌で口端を舐めた。
「ピンイン、俺はよぉ。先の見えた戦なんざ興味ねーんだよ。手前の勝ちが見えておいて、戦に出ても欠伸が出ちまう。退屈だ。刺激が足りねぇ」
やはり戦とは、己が勝つか死ぬかのぎりぎりを味わい、屈強な輩を力でねじ伏せることに意義がある。
戦場は好きだ。四方八方から聞こえる悲鳴、剣の交わる音、火薬の爆ぜる音、たいへん心地が良い。命乞いする人間を見下すだけで心躍る。拷問も楽しい。リャンテの生きがいは戦場に詰まっているとすら思える。
しかし、欲深いリャンテは、物足りなさを感じていた。もっとのめり込む戦がしたくて仕方がない。
そんな時、麒麟の使いが現れた。それをめぐって腹違いの弟らが衝突し、戦をしたと耳にしたリャンテは居ても立っても居られなくなった。
黎明皇になりたい、という欲より、それをめぐって真剣に争いたい。使いをめぐるともなれば、しのぎを削る戦ができるはずだ。
リャンテが経験もしたことがない、予想だにしない戦が出てくるやもしれない。心臓が高鳴るほど興奮した。
「宮殿に引き篭もってばかりの、あのセイウが欲を全面に出し、麒麟の使いに関しては戦も厭わないと断言している。何が何でも、使いを手放すつもりはなさそうだった。国に一つしかねえ麒麟の使いを、我が物にしたくて堪らねぇんだろう」
それをリャンテが奪うとなれば、セイウは全兵力を注いでも死守するはずだ。想像するだけで血が滾る。
「ピンイン。貴様も、さっきの態度で麒麟の使いが、貴様にとってどういう存在か、ある程度想像がついた。何が何でも手放すつもりはなさそうだな」
当たり前だ。黎明皇なんぞ一抹も興味もないティエンだが、あの子どもは己にとって、たった一人の家族。手放すわけがない。
鋭い睨みを飛ばすティエンに、「その顔を絶望させてぇな」と、彼は歪んだ感情を見せた。
「俺が好きな表情は、力負けした時に見せる、人間の絶望した顔なんだよ。取られたくねぇなら、全力で死守してみせろよ」
挑発に乗るな。
また頭に血がのぼり、短剣を抜いたところで、負けは見えている。
己の手腕など、高が知れている。弱い人間の自分は、頭や口で勝たなければ。考えろ、これの挑発に乗らず言い負かす方法を。
「なるほど。リャンテ兄上、貴方が私に告げ口する真の目的は、クンル王の力を分散し、各々火種を撒くため。戦だけのためなら、こんなまどろっこしいことはしない。したたかな人だ」
クンル王の配下にいる第一王子と第二王子が、水面下で密告すれば、必然的に指を差し合えなくなる。
それどころか、時機がくるまで手を組むはずだ。リャンテは勅令の件で、セイウは麒麟の使いの件で、王に下手な告げ口はできない。
結果、一つになっていた王の力は自然と分散されるだろう。
また、謀反兵と共にいるティエンに告げ口することで、それ伝いに謀反を目論む天士ホウレイの耳に入る可能性がある。
力の分散を好機と思わない馬鹿はいない。ホウレイは仕掛けるはずだ。
ティエンは暴君の中に垣間見える、したたかな策に眉を寄せた。
「戦狂いに見せかけ、しかと王座は狙っているんだな」
「くくっ。こりゃあ面白れぇ。よく言いあてやがったな。賢くなってるじゃねえかピンイン。王座? 狙うだろ。俺は誰かに指図されるなんざ、ごめんなんだ。それが親父であろうがお袋であろうがな」
「――リャンテさまっ!」
向こうの茂みから、近衛兵のソウハが馬に乗って現れる。リャンテを探し回っていたのだろう。その顔は焦燥感にまみれていた。
単独行動は控えてほしい、と進言する彼は、ティエンらの姿を見るや驚愕。第三王子ピンインがいると分かるや九鈎刀を抜いて、馬から飛び降りる。
逸早く反応したのは、カグムであった。彼はティエンの身を伏せさせ、振り下ろされる九鈎刀を太極刀で受け止める。
「その身のこなし、タダものじゃないな」
「貴様っ、ピンインに手ぇ出してみろ。心臓に風穴を開けてやる」
その声には、まぎれもなく怒りと殺意がまじっていた。ティエンは呆けてしまう。顔を上げれば、あの頃、よく目にしていた彼の横顔がそこにはあった。