「……はあ。また迷子かよ」
やっとのことで、巨木の根の隙間に入り、身を隠すことができたユンジェは、現状に頭を抱える。
せっかく川沿いを歩き、天降ノ泉を目指していたのに、川を見失ってしまった。それどころか、ここは森のどこだ。自分は青州のどこの森を彷徨っているのだろう。
(ごめん、ティエン。俺、まだ泉に着きそうにねーよ。はやくお前を安心させてやりたいのに)
それもこれも、全部こいつらのせいだ。
向かい側で息を整えている連中を見据える。
少年らのせいでユンジェは危うく、コソ泥の疑いで青州兵に捕まるところだった。
それどころか、目の前の三人に追い剥ぎをされそうになった。理不尽慣れしているユンジェとて、ごめんなさいの一言は欲しいところである。
けれど追い剥ぎのこと、三人の少年はユンジェに構っている余裕がない様子。
どうやら、ひとりが腹痛を起こしているようで、トンファと呼ばれる少年が脂汗を流しながら横腹を押さえていた。
ユンジェは医者ではないので、腹痛騒ぎとなっても、診ることはできない。
今なら目を盗んで去ることもできる。できるというのに……ああもう。こいつらのせいで、ひどい目に遭っても尚、首を突っ込もうとする自分に嫌気が差してしまう。
(こんな時、ハオがいてくれたらなぁ)
仲間を恋しく思いながら、ユンジェは少年達に歩み寄り、トンファの前で片膝をつく。痛み方からして、走った影響ではなさそうだ。
「お前、なんか食った?」
問うと、さきほど森に生っている実を食べたと消えそうな声で返事される。途端にサンチェが素っ頓狂な声を上げた。
「トンファ。お前っ、森に生っている実を食べたのか? あれは毒の実、食ったら腹痛を起こすって知ってただろう!」
「だって……おいら、どうしても空腹で」
腹痛の原因が分かり、ユンジェは胸を撫で下ろす。
要は森に生っている実。それはジャグムの実のことだろう。食べた身の特徴を聞けば、やはりジャグムの実と一致した。
きっと、あれを生で食べてしまったのだろう。
あの実は一度、湯がかなければ、鋭い腹痛を起こす。ユンジェも幼い頃、それでたいへん苦しんだ思い出があるので、痛みはある程度予想ができた。
「ほら、これ」
布をほどき、ユンジェはジャグムの皮を差し出す。これは三日前、ジャグムの実を湯がいた時に、一緒に煮詰めたもの。薬代わりとして持っていたのである。
「ジャグムの実に中ったら皮をかじって治すんだ。ジャグムの皮は体の調子を整える。しばらく噛んでろ。痛みが治まってきたら、水を飲んで、出せるもんは全部出せ。それで完全に腹の痛みは消える」
よほどつらいのだろう。トンファは躊躇いもなく、ジャグムの皮を噛み始めた。
一先ず、これで大丈夫だろう。ユンジェがぶっきら棒に言うと、サンチェが少しだけ気まずそうに、けれどハッキリと言った。
「お前、ただの物騒なガキじゃないんだな」
いや、そこはありがとうではないのか。ありがとうでは。
じろっとサンチェを睨むと、代わりにジェチが「ありがとう」を言ってくれた。
襲ってきたわりに、良識がある奴のようで、追い剥ぎしようとしたことも謝罪してくる。しかし、そうしなければ生きていけないことも、彼は教えてくれた。
訳ありなのだろう。
ユンジェとて、訳ありで旅をしているのだ。野暮なことは聞くまい。
とはいえ、何もないままでは癪である。ユンジェは彼らに、天降ノ泉の場所を尋ねた。あわよくば案内人になってもらおうと思った。
「は? お前、死ぬ気かよ」
サンチェから、こんなことを言われてしまう。驚くユンジェに、彼はやめておけ、と強く主張した。
「天降ノ泉に近づいたら、お前……将軍グンヘイに殺されるぞ」