それからユンジェは二日間、ひたすら川沿いを歩いた。

    
 日が昇る前に出発し、火が傾き始めた頃に野宿の準備をする。淡々とした一人旅は、どことなく味気ないものであった。時折、無償に会話が欲しくなる。

 何だかんだで、誰かと共にする旅は好きだったのだと思えた。

 いつもであれば、カグムが地図を開きながら前を歩き、ユンジェにあれこれと国の話を聞かせてくれたり。右隣ではティエンが数の足し引き問題を出してくれたり。左隣ではハオが森の食糧の獲り方を尋ねたりと、たくさんの会話があった。

 なので今の一人旅はさみしいな、と思う。

(ティエンは嫌がるだろうけど、四人旅も俺は嫌いじゃないんだな)

 あの面子なら、ずっと旅をしていても良い。なんて言ってら、ティエンは怒るだろうか。

(カグムもハオも、癖は強いけど、嫌いにはなれねーんだよな。ほんと)

 何かと面倒見の良いカグムに、一々悪態をついてくるハオ、そして兄のティエン。この三人で過ごす時間は、本当に楽しいと思える。

 だからこそ、玄州に着いた後のことが少し気掛かりだったりもするのだ。

 きっと、玄州に着いたら、カグムやハオは謀反のために動き、ティエンとユンジェは天士ホウレイの下へ行くことだろう。今の時間は消えてしまうのだろう。
 それはとても残念だ。ユンジェは名残惜しくなる。


(俺とティエン、また農民として暮らしていけるかな)


 いけたらいいな。ユンジェは捨てきれない夢を抱いた。




 三日目のことだ。

 今日で食糧が尽きてしまうので、どうにか村落か、泉に辿り着けたら良いな、と考えていた矢先、川沿いを歩いていたユンジェは賊に襲われ、囲まれた。

 それは体躯の良い悪漢(あっかん)、ではなくユンジェと同い年くらいの少年三人。
 それぞれ体躯はユンジェより肉付きが良く、纏っている衣もユンジェより綺麗に見えるので、農民より身分が上と見て取れた。みな良い物を食べている肉付きをしている。

 各々松明棒を構えている。
 一応、態度で脅してきているので、賊と見て良いはずだ。

「げっ、なんだよ。ただの汚いガキじゃねえか。こんな奴の身ぐるみを剥いでも、びた一文になんねーぞ。どうすんだよ、トンファ」

「サンチェが狙おうって言い出したんだろう。こんな臭そうなガキ、おいらは狙わないよ。な、ジュチ」

「喧嘩するなって。サンチェ。トンファ。とにかく、みすぼらしいガキでも獲物は獲物だろ」

 先ほどから黙って聞いていれば、ガキ、ガキ、ガキ、と……ユンジェは眉をつり上げた。
 汚いだの、臭そうだの、みすぼらしいだの。そのような悪態をつかれても、大体のことは聞き流せるが、『ガキ』という言葉だけは頂けない。

 相手がだいの大人ならまだしも、ガキにガキ呼ばわりされる。まったく納得できない。


(なんだよ。いきなり囲んできやがって)


 恐怖心より呆れがこみ上げてくる。
 獲物を前にして口論など、追い剥ぎを舐めているのだろうか。それともユンジェがガキだからと、油断をしているのか? 理由などどうでもいいが、先を急いでいるので退いてほしい。


 ユンジェは囲んでいる少年達の脇をすり抜け、彼らを無視することに決めた。相手にするだけ馬鹿を見ることだろう。


「こらガキ。逃げるんじゃねえ」


 ふたたび囲まれたユンジェは、げんなりと肩を落とし、穏便に道を開けてくれるよう願い申し出てみる。
 できることなら、無用な争いは避けたい。本当に時間は惜しいのだ。

 と。目で合図を取り合った三人が、同時に松明棒を振り下ろしてくる。

 それぞれ本気だったようで、宙を切る音が洒落になっていない。そちらがその気ならば、こちらも本気を出すまでだ。

 ユンジェは急いで地面に転がり、三者の殴打を回避すると、帯に挟んでいた投てきを力の限り回して投げつける。
 草紐と小石で作られたそれは、トンファと呼ばれる少年の両足に絡み、複雑に巻きついた。背後にいるジュチという少年には、お手製の目つぶしを顔面に当て、怯ませておく。

 そして正面にいる、サンチェと呼ばれた少年には懐剣を抜き、向かってくる松明棒を真っ向から受け止めた。まさか刃物で抵抗されると思わなかったのだろう。彼は驚いた顔で、ユンジェを凝視してくる。

「おいおい、このガキ。見た目に反して、物騒なもの持ってるじゃねえか」

 またガキと言ったな、こいつ。

「お前こそガキのくせにっ。物騒はどっちだよ。俺は追い剥ぎに容赦しねーからな」

 右の足でサンチェの腹部を突き飛ばすと、懐剣を逆手に持って、よろめいた彼の懐に入る。刃先が相手の肉を貫く寸前で、彼の持つ松明棒が邪魔をした。先を読まれていたようだ。

 意外とやり手なのかもしれない。が、ユンジェは常に凄腕の謀反兵らの動きを見ているので、少年らの動きの甘さが顕著に出ていると思った。
 これならばティエンの方が、まだ良い動きをするのではないだろうか。隙がとても目立つ。

 とはいえ、ユンジェとて、剣の腕があるわけではない。体躯も小さいので、三人掛かりは非常につらい。


(二人以上の場合は、必ず数をばらけさせる)


 それが複数で動く人間を相手にする鉄則だ。