ぽつり、ぽつりと雨が降り出した。
鼻の頭に水滴が落ちてくるが、それを拭う暇も惜しい。
三頭の馬はユンジェの家に、もう着いてしまっただろうか。
それとも、家の存在に気付かずに、素通りしてくれただろうか。自分の家は、生い茂る森の一角を切り開いた場所にある。
だから、もしかすると……いや、淡い期待は持たない方が良い。森の一角にあるとはいえ、ユンジェの家は土で固めた道が続いている。気付かないわけがない。
(あっ!)
獣道を抜けると、家の裏にある畑が目に飛び込んでくる。ユンジェは身を屈め、木の陰に隠れた。
大切に育てている畑が、馬達によって踏み荒らされている。土の上で、無残に萎れている豆の葉が痛々しい。
ああ、それよりも。恐れていた事態が起きている。
(ティエンっ……あいつらに捕まってる)
彼は畑の真ん中で、鎧を着た人間に取り押さえられていた。
二人がかりで、両の腕を押さえられているだけでなく、喉元に柳葉刀を突きつけられている。抵抗を示せば切るつもりなのだろう。
既に何度も暴れたのだろう。ティエンの口端は切れ、血が出ている。
(敵は男三人。馬は三頭か)
男達の会話が聞こえる。
ティエンを匿っていた謀反人を探せ、と言っているので、おおよそユンジェの行方を探しているのだろう。
(謀反人って意味が分かんないけど、俺がお尋ね者になったってことは分かる。俺も危ないってわけだ)
ティエンを置いて逃げるつもりなど、毛頭も無いが。
(いい具合に雨が降ってきたな)
本格的に降り始めた雨を利用しない手はない。
ユンジェは、足音を消してくれる雨にまぎれ、家の表口へ向かう。
敵がいないことを確認すると、素早く家の中に入り、縄の束を手に取った。それを頭陀袋に押し込むと、他に使えそうな物を目で探す。
(よく考えろユンジェ。真正面から大人に突っ込んで、まず勝てるわけがない。俺はいつも、それで泣きを見てきた。だったら頭を使え)
あの大人達の最大の強みは数と馬だ――それを崩すためには。
ユンジェは頭陀袋に銭や塩の袋。皮むき用の刃物。干し芋を詰め込む。
もう此処には戻って来ることができないと分かっていたからだ。
(俺は二度と、此処に戻って来れない。ごめんな、爺……本当にごめん)
爺の形見であるこの家とお別れするのは悲しいが、さみしくはない。爺との思い出がある。
ティエンが持っていた麒麟の首飾りを頭陀袋に入れてしまうと、藁の束を突き上げ戸の下へ置いた。