ただ、カグムに場所を見つけたと知らせる頃には、彼も倒れてしまったので、ユンジェは一人で大人を運ばなければならなくなった。あの時は泣きそうであった。
 粥を口に入れていると、ハオが呻いた。

「こんなにしんどい熱は、ガキの頃以来だぜ。死にそう」

「俺もだ。戦でさえ、こんなに苦しい思いをした覚えはないぞ」

 動けなくなるほどの熱に悩まされるなんて。カグムは嘆いた。

「カヅミ草の煮汁を飲んでも駄目か?」

 以前、ユンジェが高熱を出した時に、ティエンが摘んでくれたカヅミ草の煮汁を三人に飲ませている。
 あれのおかげで命拾いしているので、てっきり熱を下げてくれると思ったのだが。

「飲んですぐに効くもんじゃねーよ。くそ、なんでお前だけ、元気なんだ」

 じろっとハオが睨んでくる。八つ当たりも良いところだ。

「たぶん、俺にはお役があるからだと思うよ。天降(あまり)ノ泉に、所有者を連れて行くお役がさ」

 あっという間に粥を平らげたユンジェは、ティエンの枕元に移動すると、うんうんと唸っている彼の腹を叩いてやる。
 これをしてやると、彼は落ち着きを取り戻すことが多い。

(みんなの言いたいことは分かっている。俺だって危ないことはしたくない。でも、麒麟は、確かに天降ノ泉で待っていると俺に伝えてきた。それを無視することが、俺にはできない)

 これも麒麟の使いだから、だろうか。

(ティエンは王座を拒んでいるのに。俺もそれは分かっているのに)

 ぬるくなった布をふたたび濡らし、かたく絞ってティエンの汗ばんだ額を拭ってやる。麒麟の神託は、天の意思。これに逆らうことは、きっと許されない。

(次なる王の訪れを……王位継承権を持つ王族らの訪れを、麒麟は待っている)

 第一王子リャンテや第二王子セイウの顔が脳裏に過ぎる。前者はともかく、後者には顔が割られている。再会すれば、ユンジェは下僕としてセイウに平伏するだろう。


「ゆん、じぇ」

「どうしたティエン。水か?」


 熱い吐息をつくティエンは、手を握ってほしいと頼んできた。

 体が弱ると、心寂しくなるのだろう。その気持ちは痛いほどわかるので、ユンジェはいいよ、と言って、柔らかな手を握った。

「所詮、人間は天の生き物に逆らえないわけか。天降(あまり)ノ泉、行くしかないかもな」

 指揮を取るカグムが、重いため息をついた。大人が三人とも高熱を出すなんて、麒麟の怒りに触れたとしか考えられないとのこと。


「もしくは、呪われた王子の呪いかもしれねーな。あーあ、笑えねえ」

「その本人も熱に魘されているだろうが……勘弁してくれよ」


 ハオが泣き言を連ねる。とても、つらい熱なのだろう。
    
 野宿時の熱は本当に苦しいと知っているユンジェは、つい哀れみの気持ちを抱いてしまう。何もしてやれない自分が歯がゆい。


(三人の熱が下がるまで、何事もないと良いけど)


 ユンジェはティエンの頭を撫でやり、彼が寝つくまで腹を叩いてやった。