青州兵だけでなく、白州兵もいると知った一行は、今まで以上に人里を避けるようになった。

 第二王子の領地で逃げ回るだけでも命懸けなのに、第一王子の兵がここにいるなんて、命と体がいくつあっても足りやしない。

 カグムの判断の下、間諜達の多い人里以外は極力、寄らないことが決められた。

 とはいえ、自給自足の生活にも限界がある。
 いくらユンジェが食糧調達に長けていても、毎日それが補給できると限らない。何も手に入らず、食糧を減らさなければいけない日だって出てくる。
 管理を任されているユンジェは、毎日頭を悩ませるばかり。

 逆算して食糧を配分しても、三日も持たない量になってしまった。

 それをカグムに伝えると、彼は困ったように腕を組み、「馬があればなぁ」とぼやいた。町に寄れないことが痛手になっている様子。

 すると。ティエンが横から、こんな意見を出した。

「町がだめなら、村落に寄ってみてはどうだろうか。あまり悪くは言いたくないが、そこで暮らす者の大半は農民。国の事情を知らない者達が多い」

 彼の言う通り、農民の集まりであれば、兵の顔を知る者も少なく、王族や国についても無知だろう。

 さっそく森を抜け、それらしきものがないかどうか探して回る。

 道すがら。車輪がでこぼこした土道に嵌り、荷馬車を動かせなくなった中年男性を見掛ける。
 手を差し伸べると男は感謝を示し、ユンジェ達の事情を聞くや、自分の住まいがある集落まで荷馬車に乗せてくれた。

 また亡んだ椿ノ油小町のことも教えてくれる。男は椿ノ油小町によく足を運び、野菜の物売りをしていたそうだ。

「椿ノ油小町は良いところだったんだけどなぁ。なんでも、グンヘイってお偉いさんの怒りを買って戦になったそうだ」

 グンヘイの名前を聞いた途端、大人達の表情が険しくなった。

 後で聞くと、それは十瑞将軍とやらの一人。正しくは十瑞将軍の息子らしい。グンヘイの父は、素晴らしい将軍として名高く、兵達から尊敬される男だったそうだが、流行り病によって急死。十瑞将軍の肩書きを受け継いだという。

 しかしながら、評判はすこぶる悪く、己の利益のために、兵に剣を振るわせる野心家だそうだ。
 自分は絶対に剣を持たず、戦に出ず、屋敷で呑気に酒を嗜んでいるのだとか。

 そこで兵達はグンヘイにあだ名をつけた。虎の威を借る、ろくでなし将軍グンヘイ――と。


 なかなかに、ひどい言われようである。


 どうやらカグムやハオ、そしてティエンはグンヘイと対面したことがあるらしく、各々顔を顰めたり、怒れたり、ため息をついたりしていた。

 ユンジェがそんなにひどいのかと聞くと、真っ先にティエンが頷く。

「あれは気持ちの悪い男なんだ。初対面の私の顔を見るや、なんと言ったと思う? 貴方様であれば(めと)れますな、などと無礼なことを申したんだぞ! あの目は異常だった! 危険だった! ユンジェ、グンヘイには絶対に近付いてはいけないよ。あれは本当に気持ち悪いんだ! ああっ、鳥肌が立ってきた」

 それは、ティエンの顔立ちに問題があるから言われたことでは。ユンジェは彼の顔を、遠い目で見つめた。

 ハオに目を向けると、彼は発狂したように髪を振り乱した。

「くそっ、あのクソ野郎。青州にいるのかよ! 忘れもしねーぞ。俺を含む兵達を従僕のように扱ったことを! なんで俺達が手前の召し物を替えたり、食事の用意をしたり、私情で買い出しに行かなきゃなんねーんだよ!」

「ハオ。グンヘイって奴の部下だったの?」

「一度だけあれと一緒に戦をしたことがあんだよ。部下ぁ? なった覚えなんざねーよ! あんなクソ野郎! 自分は何もせず、宿で女達と戯れていたことを俺は知ってんだぞ。ああん?」