鎧の下は皮膚が焼け爛れ、ひどい火傷を負っていた。火薬筒の爆発に巻き込まれたのだろう。その上、横っ腹から臓器が出ていたので、ハオの手の動きが止まってしまう。手遅れ、なのだろう。

 それが分かっているのか、ミンイは語りを止めない。

「カグムがピンインさまを討ったって聞いた時は、耳を疑ったよ。寄こす竹簡には、いつもピンインさまを可愛がっている文面だったから……お前からの、便りがなくなって、心配の声も届けられなかった」

「もういい。しゃべるなミンイ」

「なのに青州に来たら、お前は謀反人扱いだ。心配どころか、驚きの連続だった。周りは……お前のこと悪く言ってたけど、俺には分かる。カグムは何かを成し遂げようとしているんだってな」

 本当は積もる話が山ほどある。酒を片手にいつまでも語り合いたい。聞いてやりたい。相談に乗ってやりたい。

 だけど、自分にはそんな時間は残されていない。ゆえにミンイはカグムに言う。周りがどう言おうが、自分はカグムの味方だと。それを忘れないでほしいと。

 ゆるりとミンイは首を動かし、ティエンに視線を留める。角度で顔が見えたのだろう。彼は嬉しそうに目尻を和らげた。

「貴方がピンインさま。カグムが教えてくれたように、とても綺麗なお顔をしている。だけど、どこか優しいお顔だ。呪われた方なんてうそのよう」

 いやきっと、うそなのだろう。
    
 カグムが可愛がっていた方なのだから、どの王族より優れた方だろう。ミンイは消えそうな声で呟いた。

 こういう方が王になってくれたら、きっと国も救われるに違いない。
 白州の兵達も、麟ノ国第一王子リャンテの暴君から解放されるに違いない。将軍らに虐げられる兵達を救ってくれるに違いない。そう強く願いたい。

「やっと、俺は解放される。白州の兵からやっと、やっと……己の死を心から喜ぶ俺を、お前は愚かだと笑うか。カグム」

「安心しろ。酒飲み相手がいなくなることに嘆いてやるから」

「言ってくれるよ……便りを寄越さなかったくせに。心配させたくせに、さ」

 うわごとを漏らすミンイの声が、息が、命が静かに消えていく。

 それを目にしたハオは、町の出入り口で待っているとカグムに告げ、傍に置いていた槍を掴むと、布を巻いて新たに松明を作る。
 気が済んだら来い、という彼は、二人きりにさせようと思ったのだろう。ユンジェとティエンを呼び、先を歩き始める。

 異論はないのでユンジェとティエンは腰を上げて、ハオの後について行く。
 しかし、すぐに踵返し、ユンジェはミンイの前で片膝をつくと、頭陀袋から干したジャグムの実を彼の右手に握らせた。

「戦の後だから、腹減っていると思って。天の上に行く途中でひもじい思いするのは、可哀想だから」

 カグムが小さく笑う。それはとても、弱々しいものだった。


「悪いなユンジェ。ミンイも喜ぶ」

「べつにいいよ。ジャグムの実は、また森で見つければいいことだし。カグムの友達に、こんな手向けしかできないけど……カグム。待っているからな」


 ユンジェは己を待つハオとティエンの下へ戻る。もう振り返ることはしなかった。それが友を失ったカグムに対する、優しさだと思ったから。




 町の出入り口に辿り着くと、ハオがユンジェに松明を渡してくる。
 そして、自身は木の枝や葉を拾い始めた。たき火の準備をしているようだ。拾った物を出入り口の前に置いている。

 単なるたき火ではないことは見て取れる。ユンジェとティエンは視線を合わせ、彼の手伝いをするべく枝を拾った。

 見る見る枝や葉の山となったそれは、いつも見るよりも大きい。
 持っている松明で火をつけると、瞬く間に火は枝や葉を呑み込んで炎となった。火の粉と共に煙が天へ昇っていく。

 なぜだろう。いつも見ているはずの炎なのに、今日は安らぎをくれるような気がした。

「兵士は戦が終わると、その地で火を焚く風習がある」

 天に昇る火の粉と煙を見上げていると、無言を貫いていたハオがそっと口を開いた。

 二人が彼に視線を留めるも、ハオは天を見上げたまま、こちらを向こうとしない。

 その横顔は物悲しそうであった。

「戦地の兵士は非業の死を迎える奴が多い」

 だから死んだ仲間のために、こうして弔い火を焚く。天に昇る者達の道しるべを作るために。

「国のために戦ったのに、ねぎらいの一つもねえのはあんまりだからな。ま、国にとっちゃ人ひとりが死んだ程度で終わるんだろうが」

 兵士が死んでも、また代わりの兵士を用意すればいい。今の麟ノ国はそういう考えを持っている。本当にふざけた話だと苦笑するハオは、力なく呟いた。

「代わりの兵士はいても、代わりの人間はいねえのにな」

 なんのために兵士達は国のために尽くし、守り、散っているのだろうか。生き続ける苦痛と、死の終わりの苦痛、どちらが強いのだろうか。
 ハオの口にする疑問は、ごうごうと燃える炎の中に呑まれ、消えていく。

「あの兵士が言ったように、俺もティエンさまが王になってくれたらな、と思います。王位継承権を持つ王族の中で、ピンイン王子が一番王に相応しい。旅を通じ、切に感じております」

 彼がティエンに話を振った。いつもなら不機嫌になるティエンも、今ばかりは表情に哀れみが貼りついている。

「……呪われた私に力などないよ。それに王座にも」

「貴方のお気持ちは存じています。ただ、言いたくなっただけです。ティエンさまなら、散った兵士を人間として見てくれるんじゃないかと、そう思いまして。懐剣のクソガキを人間として見ている、貴方ならきっと……」

 人間として見られずに死んでいった人間ほど、哀れなものはない。
 目を伏せるハオに、聞き手のティエンも、見守るユンジェも何も言えなかった。