もちろん野宿をしていれば、食糧の逆算は重要となってくる。四人分ともなれば、なんとなくの感覚では済まされない。責任だって問われる。
これを機にもっと数字に慣れ親しめ、とカグムは命じた。
「数の足し引きをこなすだけじゃ、そこらの兵と同格だ。ユンジェはもっと先へ進め。逆算は兵を動かす指揮でも、大いに役立つ。考える力をもっと身につけろ。ティエンさまを守ることにだって役立つはずだ」
それがユンジェの成長にも繋がる。カグムに言われ、大きく心が揺れ動く。
(考える力で守れる、のかな?)
ユンジェはユンジェ自身の才能がよく分かっていない。
けれど、それを推してくれる人間がいるのであれば、少しだけ新しい自分を見出してみたいと思った。
せっかくの機会だ。隊に入る云々は置いておいて、これがティエンを守ることに繋がるのであればやってみたい。
「カグム。俺、やるよ。もっと考えられる人間になりたい。懐剣を抜かなくても、ティエンを守れる人間になりたい」
少し離れたところでは、ハオが冷汗を流しながらたき火に枝を放っていた。そういう会話は、せめて周りに聞こえないようにしてくれ、と切に思う。
下心をもって成長を促すカグムに対して、心底腹を立てる男がいるのだから。
ちらりと視線を流したハオは、がっくりと項垂れる。
こめかみに青筋を立てている王子が、向こうで仁王立ちしているではないか。
本当は今すぐにでも怒鳴り散らしたいのだろうが、ユンジェがティエンをそれで守りたいと言うものだから、止めるに止められないのだろう。
しかし、このままでは、近くにいる自分が八つ当たりされかねない。そこでハオは我が身可愛さに提案をした。
「カグムがクソガキに教えるなら、俺もティエンさまに何か教えましょうか? まあ、俺が教えられることなんて手当てや薬草の知識程度ですけど」
睨みが飛んでくるかと思いきや、ティエンは目を丸くして、「教えてくれるのか?」と、言って隣に座った。
不機嫌は崩せたが、これはこれで面倒になる予感がする。
どう足掻いても、自分は苦労する立ち位置だと内心、ため息をつき、やる気があるなら教えると返した。
「ティエンさまがお一人で、手当てが出来るようになれば、俺がいなくとも安心っ……ち、近いんですけど」
美しい顔がずいっと迫ってくる。
間近で見ると、本当におなごのような顔立ちだ。気を抜くと、同性であることを忘れてしまいそうである。できることなら、今すぐ離れてほしい。
そんなハオの心情など露知らないティエンは、ハオに詰め寄ってやると返事した。それでユンジェの怪我を癒せるなら、なんだって覚えると言ってくる。まなこはやる気に満ちあふれていた。
(おいおい。本当に面倒なことになりそうなんだけど……そういや、初めてかもな。ティエンさまと二人で話すの)
王族にいつも畏まっていたものだから、ティエンと二人きりで話す機会などなかった。そんな時間を設けようとも思わなかった。疲れるだけだと思い込み、極力彼を避けていた。向こうも兵だからと、近寄ろうとしなかった。
なのに。ああ、どうして余計なことを言ってしまったのか。それも、これも、カグムのせいだ。あの男がガキに下心を持って教えようとするから。
「あれ? ティエン、ハオ。くっ付いて何してるんだ?」
「おい、ハオ。いくら女気のない旅だからって、ティエンさまは王子だぜ? 美しい方なのは認めるが、身分を弁えろって」
こういう時に限って、二人がたき火に戻ってくるのだから、本当にハオの気遣いは報われない。
短い堪忍袋の緒が切れたハオは、早々に双剣を抜くや、カグムに斬りかかった。
間の抜けた声を出して、それを回避する彼が何をするのだと非難するも、ハオの低い沸点はすでに頂点に達している。青筋を立て、戯け者を見据えた。
「カグムてめえ。今すぐ俺に詫びろ。斬られて詫びろ。二度と、その面を見せるな」
「俺が何かしたかよ。訳の分からん奴っ、ハオお前! 本気だろ、今の一振り!」
双剣を避けて飛躍するカグムと、猪突猛進に斬りかかるハオの追いかけっこはしばらく続きそうだ。
(何が遭ったんだろう? ま、二人なら大丈夫だろ。魚でも焼こうかな)
ユンジェは葉の上に置いていた魚を手に取ると、たき火の前に突き刺した。
「ティエン。ハオと何していたんだ?」
「あいつが、私に手当てや薬草の知識を教えてくれると言ったんだが……なぜ、あんなことになったかは分からない」
しかし。ティエンの気持ちは、そこにあらず。
「ユンジェ、待っていておくれ。ハオから知識を得たら、私が手当てしてやるからな」
「へえ。ハオが手当てを教えてくれるのか。そっか、ティエンならできるよ。お前はやればできるって知っているし」
「ふふっ。できるようになったら、たくさん褒めておくれ」
額を頭に押し付けてくるティエンに、くすぐったいと笑い、ユンジェは楽しみにしていると返事した。
心休まる時間は、何にも勝る、代えられない幸せだった。