甲高い金属音と共に、懐剣と短剣がぶつかった。足を踏み込んで、彼の懐に入ろうとするが、ティエンの目を見て、ユンジェは畏れてしまう。体が石のように固まった。心臓が鷲掴みされたような気分に陥る。

 後ろに下がると、かぶりを力なく横に振り、懐剣を鞘に収めた。

「ティエンも立派な『王族』だな。斬りつけるなんて無理だ。こえーもん。あ、怒るなよ。俺は使いの立場から言っているだけだから」

 しごく不機嫌になるティエンは、王族の身分を捨てたい男なので、それを肯定されるのは心外らしい。
 ただでさえ怒り狂っている最中なので、ユンジェは当たり障りのない言葉で、彼の機嫌を取る。

「俺はどうも麒麟の加護を受けている『王族』に弱いみたいだ。ティエン、セイウが傷付けられないということは、西の白州にいる第一王子リャンテ、王都にいるクンル王なんかも、同じことが言えると思う」

 これは非常に厄介だ。どいつもこいつも、ティエンの命を狙う輩なのに、ユンジェはそれらを討つことができない。
 せいぜい、ティエンに向けられた刃を受け止め流す程度だろう。麒麟の使いとやらは、なんて不便な立場にいるのだろう。

「正直王族相手じゃ、俺は手も足も出ない。セイウはそれを知って、つけ狙ってくる。あいつは絶対に俺を手放さない。麒麟の使いは王族にとって、すごく意味のあるものだから」

「意味のあるもの? ……おいクソガキ、まだ何か隠してねーか?」

 ハオが片眉をつり上げて睨んでくる。
 ユンジェは目を逸らし、口を噤んだ。態度で肯定していると分かっていても、まこと懐剣のお役に関しては、安易に言えることではない。

 ただ、これだけは言える。

「ティエン。麒麟の使いは親兄弟と争う火種になる。もしもの時は、懐剣を折った方が良いかもしれない。お前の身のためにも」

 帯にたばさんでいる懐剣を一瞥し、客観的な意見を出す。
 これを折ってしまえば、少なくともユンジェとティエンの関係は断たれることだろう。
 彼は無用な火種から逃れられるやもしれない。平穏に暮らせるやもしれない。静かに生涯を送れるやもしれない。

 すると。ティエンがユンジェの頬を両手で挟んで、顔を引き寄せた。

「ユンジェ。一度目は聞き逃すが、二度目は怒るからな。私はお前を折らない」

「お、俺じゃなくて、お前の懐剣を言っているんだけど。俺は死ぬつもりなんてないよ。死は怖いもんだしさ」

 にっこりと微笑むティエンが、たいへん恐ろしい。畏れではなく、純粋な恐れを抱いてしまう。

「折ったら、ユンジェはセイウ兄上の懐剣になってしまう。それが分かっていながら、なぜ折らなければならない? ん?」

 いつから、ティエンはこんなに気の強い男になったのだろう。本当に逞しくなったものだ。

 ユンジェは謝罪の代わりに、苦笑いを浮かべ、「もう言わない」と約束した。
 彼は「絶対だぞ」と念を押し、今度言ったら本気で怒る、と言って髪をくしゃくしゃにした。こういう何気ないやり取りが、心を軽くしてくれるのだから、ティエンとは不思議な男だ。

 カグムが横から口を挟み、ティエンに疑問を投げる。

「主従の儀をもって、初めて所有者と懐剣の関係が成り立つ。ティエンさま、それはご存知なかったのですか?」

「知ったところで、ユンジェにそのような儀を強いるものか。胸糞悪い」


「しかしながら。セイウさまがユンジェとの関係を成立させた以上、貴方様も引くわけにはいかないのでは?」


 その言葉には、ティエンも主従の儀をするべきではないか、という意味が含まれている。

 盲点だった。
 そうか、セイウとの関係を打ち消すには、ティエンと主従関係になれば良い。そうすれば、ユンジェはユンジェのままでいられるやもしれない。

 烈火の如く怒ったのは、ティエンであった。