「リーミン。とても美しくない髪ですよ。なぜ、短くしているのです」

 そういえば、王族は髪を伸ばし、それを大切にする風習があるとティエンが言っていたっけ。ユンジェは思い出に浸りつつ、簡単に返事した。

「お金にしたからです。食べるものに困っていたので」

「愚かですね」

 なぜ、そうなる。この男はユンジェに飢え死にしろというのか。

「人間の髪は麒麟がたてがみを切り、与えたものだと云われているのに。リーミン、私の許可なしに切ってはなりませんよ。美しくないものは手元に置きたくないので」

 いっそ手放してくれないだろうか。
 飾られるより、ずっとマシな生活ができそうだ。泥でも浴びて汚れてやろうか。ユンジェは内心、めいっぱい毒を吐き、表向きは素直に頷いた。

(……さっきから気になってたけど、妙にぴかぴかだな。この皿。鏡か?)

 セイウの目を気にしつつ、ユンジェは、豚肉が盛られている皿を自分の方へ引き寄せた。侍女に叱られたが、どうしても好奇心が抑えられない。つい皿の裏側を確認してしまう。

「リーミン。それは銀で出来た皿です。王族はみな、これで食事をします。なぜだと思います?」

 ユンジェは銀の皿をじっと見つめる。

 単に美しいから、という理由だけなら、セイウはこんな質問を投げないだろう。きっと理由があって、銀を使用しているのだ。
 周りをよく見渡せば、皿だけでなく、箸も銀であることに気づいた。となれば、銀でなければならない理由があるのだろう。

「口に入れる食べ物に腐ったものがないかどうか、銀で調べる? いやでも、王族は金持ちだし、腐ったものなんてまず買いそうになさそう……うーん」

「おや、良い線をいってますね。意外と頭は回る子でしょうか」

 意外は余計である。ユンジェは鼻を鳴らしたくなった。

「銀の食器にしている理由は、料理に毒が入っていないかどうか確認するためです。入っていれば、皿は変色します」

「毒が入っていることがあるのですか?」

「王族の間で暗殺は日常茶飯事のこと。この身分を狙い、従者に化けた間諜が毒を忍ばせることも多々あります。今いる者達の中に、毒を入れる者もいるやもしれません」

 不敵に笑うセイウと視線を合わせないよう、兵士や従者達が顔を背けた。王族に関しては、まるで知識がないので、ユンジェはつい相槌を打ってしまう。

「念のため、料理に毒が入っていないかどうか、毒見役もいるのですよ。食器だけですべてを見抜けると思いませんからね」

「じゃあ、その毒見の人が一番偉い存在なんですね」

「偉い?」

「だって毒見をする人が、良しといえば、その料理はセイウさまの口に運ばれるわけでしょう? それはとても責任があり、偉い存在に俺は思えます」

 下手をすれば、毒見役が料理を食べる振りをして、毒を仕込むことだってできるのだ。そう思うと、やはり毒見役は偉いのだろう。ユンジェはしみじみ頷く。

 すると、セイウは一思案し、近くにいる近衛兵のチャオヤンに命じた。

「後ほど毒見役の者達を集め、それの形態を私に伝えなさい。場合によっては、毒見役に付ける兵の数を増やします」

 心配事があるのだろうか。

 ユンジェは二人のやり取りを眺めていたが、ふとセイウの帯に目を向ける。そこには懐剣が差さっていた。まだ、ユンジェはそれを授かっていない。それを見る度、なんとなく呼ばれている気がする。

「気になりますか?」

 探りを含んだ問いに、ユンジェは少し唸って首を傾げた。

「俺はこの都に着いた時から、いや着く前から、懐剣に呼ばれていました。それが、よく分からなくて。なんでだろうと思って。すでに別の方の懐剣でしたから」

 これは純粋な疑問であった。
    
 なぜ、ティエンの懐剣であるユンジェは、セイウの懐剣に呼ばれたのだろう。麒麟は己に、ティエンの守護剣となれと命じたのに。

「それは貴方が麒麟の使いだからですよ。リーミン、貴方は己の役目が何なのか知っていますか?」

「えっ。いや、所有者を守護して生かすため、としか」

 ティエンは言っていた。
 王族の所有する懐剣を抜いた者が、麒麟の使いとなり、所有者に関わる使命を背負う、と。
 ユンジェは麒麟にティエンの守護を任されたので、こんにちまで懐剣を抜いていた。それに迷いはなく、彼を生かすためなら業も背負った。

 正直に話すと、セイウは「無知は罪ですね」と言って冷笑する。少しだけ、眉を顰めてしまった。ティエンの悪口は聞きたくないのだが。

「麒麟の使いが何たるのか、まったく分かっていない。なんて、愚かな。宝の持ち腐れとはまさにこのことでしょう」

 セイウが懐剣を静かに抜くと、それを垂直に立て、光り輝く刃を見つめた。

「麒麟の角を磨き上げ、刃にした麟ノ懐剣は、麟ノ国王族にしか抜けないもの。加護の宿った懐剣は、我らに国を守護する使命と地位を与える。我らは国のために生涯を捧げる」

 それが、王族の定められた一生だとセイウ。


「しかしながら、麒麟はある時代に、王族と無関係な使いを寄越します。そう、リーミン。貴方のようにね」