(伝承通りであれば、あの子ども――)
ゆがんだ笑みを見せ、セイウは己の懐剣を持って子どもの下へ向かう。近衛兵達に止められるが一切、聞く耳を持たなかった。
「麒麟に選ばれし、使いの子どもよ」
ユンジェが剣を弾いた時であった。
兵達を下がらせたセイウが、此方へ歩み寄ってくる。
迷うことなく懐剣で一線を描くと、簡単に懐剣で受け止められた。周囲がどよめく中、ユンジェはセイウを睨む。これを討ち取れば、ティエンの災いは消える。些少ではあるが今後の不安も摘まれる。兄のひとりを討てば、討ってしまえば。
なのに、セイウと目が合った瞬間、体が固まった。
体中の水分が吹き飛ぶような、そんな恐ろしい感覚に襲われる。ユンジェは目の前の男を畏れている。
「ふふっ。やはり、貴方は『王族』が討てない」
「う、討てない?」
「ええ、そうですよ。貴方は『王族』が討てないのです」
麒麟の使いは所有者に関わる使命を背負い、懐剣としてそれを守り抜く。その使命を邪魔する者は、誰であろうが、懐剣で切り捨てる。
そう言い伝えられていると、セイウは笑みを深くして、ユンジェの懐剣を弾き、白い手を伸ばした。
「しかし、麒麟の使いにも逆らえないものが二つあるそうです」
セイウはユンジェの顎を掴んで引き寄せる。
なぜだろう、その手は振り払えずにいる。この王子を自分は傷付けられない。いや、傷付けてはいけない。
「ひとつは瑞獣の『麒麟』。当然ですよね、それが貴方に使命を授けているのですから」
そしてもうひとつが。
「麒麟から加護を受けている『王族』だそうです。なにせ、王族もまた、麒麟から国を守るよう使命を授かっている者。愚弟から聞いていませんか? 我々は『平民』の貴方と違い、加護と共に生まれながら国を守る使命を授かっているのですよ」
そして、その地位は一端の『平民』よりも『王族』の方が格段に上。
そう、麒麟の使いは『王族』の隷属に過ぎないのだ。
だからユンジェは『王族』であるセイウを殺せないし、傷もつけられない。何もできない。使命を授かった『平民』は、同じく使命を授かっている『王族』を超えられない。
そう耳元で囁き、セイウは動揺するユンジェの頬に着いた返り血を、親指で軽く拭う。汚い、と呟く彼はその指をユンジェの唇に押しつけた。
「貴方は私に逆らえない。討てもしない。傷どころか、爪を立てることもできやしない。なぜなら私もまた、使命を授かる者。貴方と同じ者。いえ、貴方より地位が高い者」
体が震える。どうしよう、自分はこの男に逆らえない。
「愚弟の懐剣など勿体無い。このセイウが貴方の価値を、最大限にまで引き出してあげますよ。小汚い姿を美しくして、ね」
得体の知れない恐怖に駆られる。ユンジェはかぶりを横に振り、必死に嫌だと喚いた。自分はティエンの懐剣なのだ。彼を守ることができれば、それでいいのだ。
他の懐剣になどなりたくない。なりたくないのに。
「さあ。受け入れ、平伏し、服従なさい。貴方はもう――私の懐剣です」
成す術なく、ユンジェは両膝を崩してしまった。