「僭越ながら、わたくし共兄弟は、先ほど都に着いた者。故郷を失った者にございます。それゆえ、事を存じ上げませぬ。御意思にそぐわぬ振る舞い、まことに失礼致しました。しかしながら、いま一度、卑賤の身の我らにご慈悲をお与え下さいませ」
それを聞いた兵は一つ頷き、「都の者ではありませぬ」と、通りの方へ声を掛けた。間髪容れず、返事が来る。
「構いません。その子どもを広間へ連れて行きなさい。私は十二から十五の少年であれば、どのような身分でも懐剣の儀をさせるつもりです。対象の子どもは一人残らず集めなさい」
懐剣の儀。
ユンジェはティエンの話を思い出す。
彼は言っていた。両兄が南の紅州に兵を放ち、十二から十五の少年に対して、己の懐剣を抜かせていると。
では、懐剣の儀を口にする者は――第一王子リャンテ、もしくは第二王子セイウ。麒麟の使いを狙う者。
(なら、俺を呼ぶ声は)
ユンジェは兵に無理やり立たせられ、背中を押された。
ティエンの手が伸び、それを止めようとするが、カグムに制されている。正しい判断だ。今は黙って従うべきだろう。
(懐剣は腰に移動させておこう。見られたら面倒だ)
外衣の下で懐剣を移動させると、ユンジェは兵に連れられ、裏の道から広間へ移動する。
そこには己と同じくらいの少年達が集められ、膝をつかされていた。数はとても多い。
ユンジェは十以上の数になると、曖昧にしか数えられないので、全部で何人いるのかは把握できなかったが、とにかく多いことだけは言える。さすが都だ。
(まずい。すごく、まずい)
両膝をついたユンジェは、人知れず冷汗を流す。
懐剣の儀に参加するのは、とてもまずい。なんとなくであるが、己の呼ぶ声は王族の持つ懐剣からのような気がしてならないのだ。
大丈夫、抜けるわけがない。ユンジェはティエンの懐剣なのだから。
でも、高鳴る鼓動と胸騒ぎは止められない。
(だから都に行くのは嫌だって言ったのに……どんな騒動が起きても、俺は責任を持たないからな)
大通りから馬車が見えた。
二頭の馬が引く馬車には、大層美しい装飾が施されている。それが現れたと同時に、少年達が平伏したので、ユンジェも慌てて頭を下げる。まだ頃合いが掴めない。
どれほど頭を下げていただろう。
ひとりの兵が面を上げるよう命じたので、ユンジェはやっと正面を見ることが叶った。
目を見開く。少年達の集まりを挟んで、向こう側には織金の敷物。その上には男が鎮座しており、腰掛で茶を啜って寛いでいる。
男は穢れを知らぬ白の絹衣をまとっていた。金の刺繍の入った、見事な衣であった。
絹糸のような黒髪を纏め、象牙の簪を挿している姿は出逢った頃のティエンのよう。首には王族を示す、麒麟の首飾りがさげられている。
また男は美しい顔立ちをしていた。
しかし、ティエンのように女性的な顔つきではない。一目で男だと分かる、華やかな顔立ちをしていた。
どことなくティエンに似ている気がするのは、その体に半分、同じ血が流れているからだろう。
ただし、こちらを見てくる瑠璃の目は冷たい。とても、とても。
「麟ノ国第二王子セイウさまであらせられる。いま一度、頭を下げよ」
何度、頭を下げさせれば気が済むのだ。ユンジェは内心毒づきながら平伏した。
(あれがセイウ。ティエンの兄さんのひとり。確か王位継承権を争っている奴で、第一側妃の子どもだったよな)
そんなセイウは前置きなど良いと切り捨て、少年達の上体を起こさせると、さっそく懐剣の儀を始めるよう促した。
「この小汚い人間の群れに、まこと使いの原石が埋もれていると良いのですが。あまりにも知らせがないもので、直々に参った私の気持ちを察して頂きたいものです」
セイウが不機嫌になると、取り巻く兵や侍女達が顔色を変えた。きっと見つかると、へこへこと頭を下げているので、なんだか可哀想に見えてくる。
彼が飲んでいた緑茶を後ろへ投げ、それはもう飽きたと言うと、侍女が急ぎ足で果実茶を持ってくる。