結局、出発は四日後となった。

 その間、ジセンの家に多大な迷惑を掛けてしまうことが、心苦しくて仕方がないが、とうの家長は四日でも早いと素っ頓狂な声を出していた。
 彼はユンジェが完治するまで面倒看る気でいたようだ。ユンジェが怪我を負った原因は、自分にあると思っているのだろう。

 しかし。あれはユンジェ自身に原因がある。

 懐剣を抜けば、どうにか切り抜けられると思っていた甘さが、こんな怪我を招いてしまった。

 懐剣を抜いたところで、麒麟が力を貸してくれるかといったらそれは否。
 あくまで麒麟は、使命を果たす時のみしか力を貸してくれない。だから、無様にも斬られてしまったのだ。

 裏を返せば、使命を果たす時は常人離れした力が出る。ユンジェはうすらぼんやりと思い出していた。斬られた後も、なお所有者を守るため、全力で走っていたことを。

(俺はティエンの懐剣。それを絶対に忘れちゃいけねーんだ)

 さて。その所有者であるティエンは、どうもユンジェが目を覚まして以降、思い悩んでいるようだ。

 最初こそ謀反兵に連れて行かれることを懸念しているのかと思っていたが、どうもそうではないようだ。

 彼が他に悩むことなんて、ユンジェ自身のことしかないだろう。


「ティエン、どうしたんだ。明日は出発なんだから、今日の内に言いたいことは言っておけよ。しばらく二人きりになれないだろうしさ」


 出発前日の夜。
 ユンジェは寝台の上で胡坐を掻き、リオから貰った、針や糸、保存食を頭陀袋に仕舞っていた。

 今ある中身をしっかり確認して、今後の旅に備える。ジセンが報奨金の少しを分けてくれたため、路銀も増えた。

 じつは全額を渡されそうになったのだが、こんなにも世話を焼いてもらったのだ。それは、お礼代わりに受け取って欲しいと言って断っている。

 準備を整えたユンジェは、己の肩をさすり、問題はこれだとしかめっ面を作る。

 怪我のせいで、しばらく不自由を強いられるだろう。
 とはいえ、この怪我は不幸の幸いだ。自分は賊に斬られた時、肩から胸に掛けて斬られている。

 だが、胸に傷は無い。
 それはティエンが預けてくれた、麒麟の首飾りのおかげだ。これが柳葉刀の動きを止めてくれたおかげで、致命傷を負わずに済んだ。

(歩けるかな。正直体が重いし、まだ痛みも強いんだけど)

 隣を一瞥する。

 そこには、難しい顔で保存食を睨むティエンの姿。
 声を掛けると、間の抜けた声を出された。どうやら考え事をしていたらしい。慌てた様子でこっちを見つめてくる。

「どうした? ユンジェ。肩が痛むなら、痛み止めを持ってくるぞ」

 話を聞いていなかったらしい。ユンジェは吐息をつくと、体ごと彼の方を向いて、ティエンを見上げた。

「俺はお前がどう言おうと、くっついて行くからな」

 彼が呆ける。唐突の申し出についていけないようだ。

「口の利けないお前と一年も過ごしてきたんだ。その目を見れば、何を考えているかくらい想像がつくよ。おおかた、怪我人の俺をここに置いて行こうか、どうしようか、なんて考えていたんじゃねーの?」

 いたずら気に指摘すると、ティエンがやや視線を逸らして、違うと否定した。見え透いた嘘に笑いも出ない。

「違うなら俺の目を見ろ、ティエン……確かに今回のことは、お前にも迷惑を掛けたと思っているよ。俺は懐剣を過信していたんだ。抜けば、あの賊からジセンを守れると思った」

 しかし。懐剣はただの剣として、ユンジェの手に収まった。
 使命以外のことで使用しようとしたためだ。下手こいたと思っている。痛い目を見て、考えを改めさせられた。もっとよく考えようと反省した。

 ユンジェは謝罪する。
 自分の失態で心細い思いをさせたことを。

 けれど、こんな怪我で約束を(たが)えるようなことはしない。最後までティエンについて行くつもりだ。

 すると、それまで目を逸らしていたティエンが、まっすぐこちらを見つめてくる。
 てっきり、泣きそうな顔を向けてくるかと思っていたのに、彼の見つめてくる眼光は強かった。強い意思が、そこには宿っていた。

「すまないユンジェ。私は嘘をついた。少しだけ、お前をここに置いて行こうかと、お役を返上させようかと考えた。そうすれば、ユンジェはただの農民の子に戻る、と」

「だから、お前は俺を置いて行くって? ヤだね、俺はお前を一人にしてやんねーよ」

 そのようなクダラナイ理由であるのなら、懐剣だって返さない。
 一度授かった使命を放り投げることだってしない。ユンジェはティエンに生きてほしいのだ。一人にしてしまえば、ティエンはどこかで行き倒れになるやもしれないではないか。

 第一ティエンは勘違いしている。

「俺は麒麟の使いとか、懐剣じゃなくても、お前を生かすためによく考える。鬱陶しいと言われようが、どこまでもくっついて行く。使命が先だっているけど、ティエンと一緒に旅したいのは俺自身の気持ちだ」