ティエンは夕刻に目覚めた。

 看病疲れのせいで、すっかり美貌が褪せて見える。挨拶代わりに、それをからかってやれば、彼は大層驚いた様子でユンジェを凝視した。

 そして、目覚めたと分かるや、顔をくしゃくしゃにしてユンジェに縋ってきた。良かったと安堵し、涙目になって、体を小刻みに震わせていた。

 彼が目覚めることで、カグムは宣言通り、ジセンの家を発つ準備を始める。少しでも早く、天士ホウレイに王子を届けたいのだろう。

 ただし。すぐにでも発つのかと思いきや、そうでもないらしい。てっきり首に縄を括られ、歩かせられると思ったのだが。
 思ったことを口にすると、謀反兵のハオが阿呆だろうと、呆れた様子で説明する。

「お前は大量に血を流したんだ。もう三日は絶対安静だ。飯もまともに食えていない、自力で動けない、傷も縫ったばかり。そんな状態で、旅なんざ連れていけねーよ。死ぬ気か」

 そんなにも酷い状態だったのか。ハオに尋ねると、自分の止血がなければ、今頃天の上だと素っ気なく告げてくる。

 だったら、ユンジェは彼に礼を言わなければならないだろう。


「助けてくれありがとう。おかげで、死なずに済んだよ」


 気持ちを込めて礼を言ったつもりなのだが、なぜだろう、彼は疑心暗鬼になった。
 首をかしげるユンジェに、ハオは目を細め、自分をじろじろと観察して指さしてくる。

「クソガキ。そうやって油断させておいて、俺に何かするつもりじゃねーよな?」

 なんでそうなるのだ。ユンジェはきょとんとした顔で彼を見つめる。

「お前のことだ。隙を突いて、逃げ出すんだろう。そうだろう」

「俺の体のことはハオの方が詳しいじゃん。いまの俺が走れると思う?」

「……そりゃ、まあ」

「カグムはちゃんと、礼を受け取ってくれたぜ? なんでもかんでも、人を疑うのは良くないことだと思う。そんなんじゃお嫁さんが貰えないぞ」

「うっせぇ! だあれがそうした! お前、今までの行いを振り返ってみろ!」

「俺、頭の悪いガキだから、もう憶えてねーや」


「はああっ、なんでこんなクソガキを助けたんだか!」


 ハオは心底悔いていた。

 次は絶対に助けてやんねーと高らかに宣言されたが、ユンジェが眩暈を起こすと、早々に症状を診てきたので、根は気の良い奴なのかもしれない。どうしたってユンジェとは馬が合いそうにないが。