全身の血が、一気に引いた気がした。ああ、やっぱりだ。やっぱりこの人は能力のことを知っていたんだ。俺は額に汗をにじませながら、雪さんのことを黙って見つめた。
「ちょっと外に出ない? 人に聞かれたらまずいの。分かるでしょ……?」
 意味深に微笑みながらささやく雪さんに一瞬戸惑ったけれど、もう今更だ、と思い、俺は宮本さんに気づかれないように外へ出た。お店とその隣の店のわずかなスペースに隠れるように、俺と雪さんは向かい合った。空はもう真っ暗で、星はひとつも見えない。代わりに電飾がいくつも消えたり点いたりしていた。
「……びっくりしたの。日向君のウワサを聞いて初めてお店に来たとき、知り合いの能力者に雰囲気が似ているって」
 薄く笑みを浮かべながら話す雪さんの目を、俺は怖くて見ることができなかった。初めて自分以外の能力者の存在を知ったが、嬉しくもなんともなく、ただただ恐怖心だけが襲った。
「私は、人の心が読めるわけじゃないんだけど……」
 俺はその言葉に一瞬固まった。じゃあ、なぜこの能力のことを知っているんだ。
「日向君は本当に何も知らないのね。能力のこと、能力を知ってしまった人のこと。日向君は協定を破ったのよ。その大変さ、分かってる……?」
 雪さんは、尚も暗示をかけるかのように俺に言い放った。すっかり俺の体は、全く動かなくなっていた。
「日向君の秘密を知ってしまった子が、全く日向君に怯えてないわけじゃないってこと、理解してる……?」
「……してるよ。だから……」
「だから、いつか離れられる前に、自分から離れようとした。そうでしょ? 日向君」
 なんの言葉も返せなかった。逃げただけだと、認めることが怖かった。
「守るとか、それより前に、離れていくのが怖かったんでしょう。何より負担だもんね。“その人”にとって。いつ心を読まれるかって、びくびくしてなきゃならないもの。それじゃあ、いつか離れていくに決まってる」
 目の前が真っ白になって、どうしようもない虚無感に襲われた。胸に、どすんと鉛が落ちて、たまっていく。そのたびに、体の一部が剥(は)がれ落ちていくような、そんな感覚に陥った。心臓が、ドクドクと激しく脈を打っている。
「お察しの通り、ガラス店のグラスを割ったのは私よ。でも、そのとき分かったでしょ? その子に被害が及ぶことを恐れるよりも先に、加害者が自分と関係ある人だと知られたらどうしようって、避けられるんじゃないかって。そっちの方が怖かったでしょう? 本当は」
 額に汗が伝うのを感じた。人に嫌われることなんて今までどうってことなかったのに、中野に出会ってから、俺は変わってしまった。