私はその箱を抱きかかえてさっさと店から出ようとしたが、バランスを崩して転んでしまった。バタンとドアが閉まる音がしたのと、鐘の音がカランカラン、と鳴ったのは、ほぼ同時だった。真上には、そんな私を哀れみを含んだ目で見下ろす先生がいる。黒い影が、地面にうつ伏せになっている私を覆った。
「……お前、何やってんの? ケーキ死んだな」
 本当に、私は今、一体何をやっているんだろう……。冷たい道路に手の平をくっつけながら空を見上げたら、切なくなった。厄日だ。今日は厄日なんだ。多分きっと、いや、確実に、先生自体が疫(やく)病(びょう)神(がみ)なんだ……。
「おら、いつまでも寝てんじゃねぇ、立て。通行の邪魔だ」
「どこまで鬼畜なんですか……」
 私は重たい体を起こして、服の汚れを払った。そのとき、ズキズキと手の平に痛みが走った。さっき転んで切ってしまったんだ。私が、わずかに顔をゆがめたことに気づいたのか、朝倉先生は、「どうした?」と寄ってきた。
「なんでもないです」
 先生は、私の手の平の傷に気づく前に、他の何かに気づいたようで、小さく声を上げた。私も、先生の見ている方向に目をやる。
「日向、お前も家がこの辺なのか」
 そう、そこには日向君がいたのだ。彼は、黒いマフラーを口元までぐるぐるに巻いて、目を見開いて驚いていた。あ、どうしよう、本当に会えてしまった。彼を見た瞬間、胸がぎゅうっと鷲(わし)づかみされるような感覚に陥った。
「なんだお前、こんな時間にこんなところで」
 日向君は、思い切り“そっちこそ”という表情をしている。服装からして、バイトへ行く途中だったのだろうか。
「なんで……一緒にいるんですか」
 それはあまりにも小さな声だったので、聞き取るのに少し苦労した。日向君はずっとうつむいたまま、顔を上げようとはしない。 
「なんでって、たまたまケーキ買いに来たタイミングが被っただけだよ」
 先生がそう説明する、突然、日向君が私に近づいてきた。そして、突如、手をぐいっと引っ張った。
「え、あの、え……?」
「血」
 混乱している私をよそに、日向君はそうひと言呟いた。
「え? 血?」
「血、出てる」
「あ、これは、さっき転んで……」
 触れた指先からどんどん熱が上がっていくのが分かる。おかしい。日向君の手は凍るように冷たいのに。
「痛いの?」