▼聞きたかった言葉──中野サエ

 外は思った以上に寒くて、まるで、夕日が必死に空を暖めているように見えた。裸の木がぽつぽつと植えられた住宅街を抜け、オレンジ色に染まった道路をひたすら歩いた先にケーキ屋はあった。数種類のレンガが組み合わされた、いかにもな雰囲気のその店は、ひっそりとそこにたたずんでいた。重たい木のドアを開けると、カランという鐘の音が鳴る。外の世界から、この世界に入る瞬間が、なぜかたまらなく不思議で、大好きだった。
「こんにちはー」
「あ、サエちゃん。いらっしゃいませー」
 店員さんは、もう私の顔を覚えてくれたのか、ふんわりと微笑んで私を出迎えてくれた。甘い香りが、店中に漂っている。幸いなことに、まだ店は混んでいなくて、お客は私一人だけだった。林檎(りんご)のように赤い頬をした彼女は、くるくるとした天然パーマの髪を横にひとつにして、緩く結わいていた。本当にこの店の雰囲気によく似合っている。
「クリスマスケーキですよね」
「うんっ」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
 彼女はまたにこりと微笑んで店の奥へと消えていった。暇になった私は、ガラスケースに並べられた、色通り通りのケーキを物ほしそうに見つめていた。すると、カランという鐘が鳴る音がした。
 お客さんか、これから混み始めるのかな……。とくに気にせずにケーキを眺めていたら、そのお客さんの驚いたような声が聞こえた。
「……中野?」
 声の主は、朝倉時雨だった。
「な、なんで先生、こんなところにいるんですか……」
 この間、日向君から離れるよう忠告されたときから避けていた。先生も話しかけてくることはなかった。久しぶりに言葉を交わしてしまった。でも、先生はまるで“あんなこと”があったなんて忘れてしまったかのように、いつものように眉間にしわを寄せて、ぶっきらぼうに言った。
「ケーキ屋に来たんだ。ケーキ、買いに来たに決まってんだろうが。独身の教員でクリスマスパーティーやってんだ。それで結(ゆう)城(き)先生が……」
 そのことを質問しようとしたとき、ちょうど店員さんがケーキの箱を持ってカウンターに戻ってきた。先生も私も口をつぐんだ。
「お待たせいたしました。ご注文のお品です」
 ケーキを渡された瞬間、ふわぁーっと甘く優しい香りが鼻(び)腔(こう)をくすぐった。にっこり微笑んでいる店員さんを見たら、なんだかこっちまで嬉しくなってしまい、思わず頬が緩んだ。
「じゃあ先生、ここで」