「あ、やだ。サエ、そんなとこで寝ないでよ」
真っ白な世界から、どこかで声が聞こえた。ぼんやりとそれははっきりと姿を現し、しばらくたってからそれが自分の親だということを理解した。
「あれ? ……え、い、いつのまに、寝て……」
「やだもう。一日の大半を寝て過ごしてんじゃない。全く、この子ったら……」
そう言ってお母さんは、つけっ放しだったテレビを消した。もう外は、はっきりとしたオレンジ色で、少し厚みのある雲を浮かばせている。大きい窓からは、夕日の光がたっぷりと差し込み、リビング中を照らしていた。お母さんの長い影が、くっきりと映るくらいまぶしい夕日だった。私だけ時間に置いていかれた気がして、少し、寂しいような、焦るような、変な気持ちになった。
「……しょ、翔君たちは?」
「隣の部屋でゲームしてるよ。今日は泊まっていくって」
お母さんは電気をつけずに、洗濯物をたたみ出した。なんでも、私があまりにも幸せそうな顔をして寝ていたから、お昼ご飯になっても起こすに起こせなかったんだとか。
「一体誰の夢を見てたの?」
お母さんはいたずらに微笑んで聞いた。“なんの夢”ではなく、“誰の夢”、と。私はなんだか分からないけれど、恥ずかしくて答えることができなかった。
「そうだ。サエ、ケーキ注文してあるから取りに行ってくれる?」
「ケーキ?」
「やだ。なんの日か知らないなんて言うんじゃないでしょうね」
そう言ってお母さんはカレンダーを指差した。ああ、そうか。おじいちゃんのお墓参りにすっかり気を取られて忘れていた。今日は、クリスマスだ。
「えぇー、寒いのに……」
「こんだけ眠っといて何言ってんの。少しは動きなさいよ、文化部」
私はのそのそと立ち上がり、ハンガーにかかっていたファーつきの真っ白なダウンコートを羽織った。お母さんは、私の首に長い手編みのマフラーをぐるぐるに巻いて、「よし、行ってこい」と笑った。手先は器用なくせに、相変わらずガサツな母親だ。
「今日は、イルミネーションが綺麗だと思うから、寄り道してもいいよ。ただし七時までには帰ってきてね」
イルミネーションなんて、そんなに興味ないけど。そう思いながら、私は重たいドアを開けた。