「サエ、お水、汲んできてちょうだい」
 私は、玉砂利を踏み締めて、墓地のすぐ隣にあるお寺の水道へと向かった。二本の大きな杉の木に囲まれているそのお寺は、ずっしりとそこにあった。門には、下から這(は)うように苔(こけ)が生(む)している。何百年もの歴史がこの建物に蓄積されているような気がして、私は、その場に止まったまましばし呆(ほう)けた。
「……これからもおじーちゃんをよろしくお願いします」
 そしてお辞儀をしてから、桶に水を汲んだ。ただの水道水なのに、清らかな気がするのは、やっぱりこのお寺の雰囲気から来るものじゃないかと思った。
「水、持ってきたよ」
 お墓の方に戻ると、渉子さんは、私が重そうに持っている桶をさっと受け取ってくれた。
「よし、じゃあ水あげて」
 柄杓で水を汲み取り、おじいちゃんのお墓のてっぺんから、ゆっくりそれをかけた。水のカーテンとなり、滑らかに下へと落ちてゆく。その水に空が映り込んで、一瞬お墓が空色に染まった。……綺麗だった。見とれている私をお母さんは笑った。ほっとしてるのかな。やっと私が、こうやってお墓の前に立っていることに。しばらくすると、お線香の香りが辺りに漂い始めた。……あ、この感じ。
「おら、サエ。線香」
「あ、ども」
 翔君から受け取ったお線香をお墓の前に置いて、ゆっくり手を合わせた。静寂な雰囲気の中、みんなが黙想にふける。目を瞑ると、そこにはおじいちゃんがいて、よく来たねって頭を撫でてくれたような気がした。もちろんそれは、幻だけれど。おじいちゃん、どうかこれからもみんなを見守っていてください。約束は、ちゃんと守るよ。
「……サエ、何をそんなに一生懸命お願いしてるの?」
 ふふっとおかしそうに笑って、おばあちゃんが問いかけてきた。私はゆっくり微笑んで、内緒と口を動かしながら唇に人差し指を当てた。
 お線香の白い煙は、透明な空へと吸い込まれていった。私は心の中が、すぅっと満たされていくのを、どこかで感じていた。