「え、全然大丈夫だよ」
 中野が平静を装ったことで、より強くなった感情を、必死になんども聞こえないようにと頑張ったけれど、距離が近いせいかダメだった。
 中野の視線を辿ると、そこには店長がいた。ごめん、中野。俺、読めてしまった……全部。多分、人には絶対に知られたくはない感情を。店長に対する思いや、おじいちゃんへの思い、この店をどう思っているかとか、全部分かってしまった。
「ごめん、中野、一度店に帰るわ」
「え、グラスは大丈夫なの?」
「……また今度来る、ごめんね」
 中野と目も合わせずに俺は足早に店を立ち去った。全身を駆け巡る罪悪感で、窒息しそうだ。
 そんな俺を追い詰めるように冷たい風が体を突き刺す。割ったグラスのことなんて、そのときの俺の頭の中にはちっとも思い浮かばなかったんだ。