「いい加減、起きろ佳澄。また店に泊まっていきやがって、お前は」
「あれ……今、何時……」
「十時だ! 学校休みだからってだれてんな」
 宮本さんの言葉に急かされながら体を起こし、シャツのボタンを外した。相変わらずこの店は映画館のように暗くて、朝だというのに一切光が入ってきていない。
「お前さー、もうクリスマス近いんだから、そろそろ彼女とかつくれよー。高校生らしくねぇぞ。とっつきにくい態度してっからモテねぇんだよ」
 朝っぱらからテンション高いんだよ、とぼそっと呟いたら、思い切り頭を叩かれた。それにしても、もうクリスマスなのか、とぼんやり思った。
 俺はその街の雰囲気に取り残されている気がしてならない。とくにこの辺の通りはクリスマスなんてあんまり関係ないし、俺もそういう行事には関わったことはなかった。中野はものすごく楽しみにしてそうだな、こういう行事……。想像したらなんとなく頬が緩んでしまい、それを見た宮本さんに怪訝そうな顔をされた。……最悪だ。
 クリスマスといえば、思い出すことがある。毎年、必ずよみがえる記憶だ。今でも一人一人の表情が鮮明に思い出せるほど、強く強く刻み込まれたあの光景が、何度でも俺をあの過去に戻してしまう。そうだ俺はあの日、大勢の大人に囲まれて――……俺はそこまで思い出して、考えるのをやめた。
「……あ。そういやグラス。佳澄、ちょっといつもの店で買ってきてくんねぇ?」 
 突然、食器棚を片づけていた宮本さんが言った。
「はあ? なんで、俺、今から家に帰ろうと……」
「どっかの誰かさんが、女性客にセクハラしている酔っ払い親父にキレてグラス叩き割ったせいで足らないんだよなー」
 どっかの誰かさんのせいで、と、いかにもわざとらしく言う宮本さんの視線に耐えられなくて、思わず目を逸らした。それは、何度も注意したことのある、出禁寸前のお客様だった。お店内の空気が悪くなっていることに苛立っていたことに加えて、親父の汚い感情があまりに強く、自分の中に一気に流れ込んできたから、俺も余計に血がのぼってしまったのだ。
「お前はさ、逆ギレされたから怒っただけだろ。セクハラって行為にキレたわけじゃなくてさ。まず被害者はその女性なんだからその人の気持ち尊重しねぇと。今度そういうのあったら真っ先に俺呼べな。逆上されて刺されるなんて事件も不思議じゃねぇし、一応、俺はお前の保護者的役目があるんだから」
 宮本さんの言葉ひとつひとつが痛くて、俺はうつむいた。心なんか読めなくても、この人は俺なんかより相手の気持ちを分かっている。あのときすぐにキレてしまった自分がなんだかすごく滑(こっ)稽(けい)で子供に思えた。俺はやっぱり“心が読める”という能力をどこかでアテにしていて、相手の気持ちをちゃんと考えるっていうことをしたことがなかったのだと、改めて実感した。……情けない。
「……グラス、買ってきます。割ったのって確かシェリーグラスですよね」