私の声に日向君が一瞬ビクッと肩を揺らした。自分でもなんでこんなに怒ってるんだか分からない。違う。怒ってるんじゃないんだ。悲しいんだ。誰も日向君の本当のよさに気づいていないことが。日向君の切なそうな笑顔が、声が、痛くて悲しい。
私は、まるですり切れたカセットテープに録音されたかのようなかすれた声で、自分の思いを口にした。
「日向君はいい人だよ。冷たくなんかないよ……。能力とか関係ないよ。だからもっと自信持って。日向君はちゃんと優しいよ」
しばらくの沈黙の後、緩やかに視界が黒くなっていった。日向君の体温がじんわりと体に伝わり、柔軟剤の優しい匂いが広がった。肩に回っている彼の腕の力を感じて、今、抱き締められていることを理解した。
「ありがとう」
日向君は、その後、すぐに「ごめん」と呟いてから私から離れた。何がありがとうで、何がごめんなんだろう。私はこの人の心に、どうしたら触れることができるんだろうか。
私にも透けて見えたらいい、君が傷ついたときだけでもいい。今まで日向君は、どれだけ悲しい言葉を受け止めて、難しい人間関係をすり抜けてきたんだろう。情けないけれど、そんな経験があまりない私には、想像もつかないよ。
「……中野が分かってくれさえすれば、それだけでいいよ、俺は。もうそれだけで十分」
日向君はそう呟いて、私の涙をスッと指で拭(ぬぐ)ったんだ。私だけが彼を理解してあげたところで、一体何が変わるというんだろう。理解だなんて、そんな大それたこと、口にするのも怖くらいだよ。……でも、今は、私が分かってさえくれれば十分というその言葉に、自(うぬ)惚(ぼ)れているだけでもいいのかもしれない。さっきまでの無理やりな笑顔とは違う、自然な笑みの日向君に、少しだけ心が軽くなった。
「……中野の泣き顔、初めて見た」
そう言うと日向君は小さく笑って、私の頭をポンと叩いた。この人と話すのは心地よい。どうしてだろう、心を読まれることは怖いのに、それでも彼と話がしたいと思ってしまう。彼に、超能力があってもなくても、そんなの全然関係ない。人一倍繊細で敏感な日向君、きっとこの能力は日向君だから与えられたのかもしれない。他の人がこの能力を持っていたらどうなったのだろう。
そんなことをぼんやり考えていると、スマホが連続して震えた。受信したメッセージを見ると、ペンキはまだか、という怒りの言葉がたまっていた。
「はっ、いかん。忘れてた」
慌ててパッと立ち上がり、今すぐ行きます、とメッセージを土下座のスタンプつきで返す。
「早く行きな、中野。怒らせたら大変だよ」
「ごめんね、じゃ、お先に失礼します」
上履きの跡で白くなった階段を、二段飛ばしで駆け上がった。階段を曲がる直前、私は手すりにつかまってひょこっと下を見下ろした。日向君はソレに気づいて「どうしたの」と首を傾げる。
「またね」
この前は、背中に向かってしか言えなかったから。彼は、少しと戸惑いながらも、ぎこちなく手を振り返してくれた。
私は、まるですり切れたカセットテープに録音されたかのようなかすれた声で、自分の思いを口にした。
「日向君はいい人だよ。冷たくなんかないよ……。能力とか関係ないよ。だからもっと自信持って。日向君はちゃんと優しいよ」
しばらくの沈黙の後、緩やかに視界が黒くなっていった。日向君の体温がじんわりと体に伝わり、柔軟剤の優しい匂いが広がった。肩に回っている彼の腕の力を感じて、今、抱き締められていることを理解した。
「ありがとう」
日向君は、その後、すぐに「ごめん」と呟いてから私から離れた。何がありがとうで、何がごめんなんだろう。私はこの人の心に、どうしたら触れることができるんだろうか。
私にも透けて見えたらいい、君が傷ついたときだけでもいい。今まで日向君は、どれだけ悲しい言葉を受け止めて、難しい人間関係をすり抜けてきたんだろう。情けないけれど、そんな経験があまりない私には、想像もつかないよ。
「……中野が分かってくれさえすれば、それだけでいいよ、俺は。もうそれだけで十分」
日向君はそう呟いて、私の涙をスッと指で拭(ぬぐ)ったんだ。私だけが彼を理解してあげたところで、一体何が変わるというんだろう。理解だなんて、そんな大それたこと、口にするのも怖くらいだよ。……でも、今は、私が分かってさえくれれば十分というその言葉に、自(うぬ)惚(ぼ)れているだけでもいいのかもしれない。さっきまでの無理やりな笑顔とは違う、自然な笑みの日向君に、少しだけ心が軽くなった。
「……中野の泣き顔、初めて見た」
そう言うと日向君は小さく笑って、私の頭をポンと叩いた。この人と話すのは心地よい。どうしてだろう、心を読まれることは怖いのに、それでも彼と話がしたいと思ってしまう。彼に、超能力があってもなくても、そんなの全然関係ない。人一倍繊細で敏感な日向君、きっとこの能力は日向君だから与えられたのかもしれない。他の人がこの能力を持っていたらどうなったのだろう。
そんなことをぼんやり考えていると、スマホが連続して震えた。受信したメッセージを見ると、ペンキはまだか、という怒りの言葉がたまっていた。
「はっ、いかん。忘れてた」
慌ててパッと立ち上がり、今すぐ行きます、とメッセージを土下座のスタンプつきで返す。
「早く行きな、中野。怒らせたら大変だよ」
「ごめんね、じゃ、お先に失礼します」
上履きの跡で白くなった階段を、二段飛ばしで駆け上がった。階段を曲がる直前、私は手すりにつかまってひょこっと下を見下ろした。日向君はソレに気づいて「どうしたの」と首を傾げる。
「またね」
この前は、背中に向かってしか言えなかったから。彼は、少しと戸惑いながらも、ぎこちなく手を振り返してくれた。