▼赤い彼女──日向佳澄


裏口の重たいドアを開けると、今日はいつも以上に客が入っていて、お酒とたばこの臭いが充満していた。俺に気づいた宮本さんが片眉を上げて、顎(あご)で更衣室に行けと指示する。早く着替えて手伝えってことだろう。俺は制服のボタンを片手で外しながら奥の部屋に向かった。
 いつも通り、パリッとした黒いシャツに着替えると、さっきの中野の濡れた制服を思い出した。ちゃんと帰るまでに乾くだろうか。そんなことをぼんやり考えながら、ドアを開けた瞬間、酒の匂いと香水の香りが再び溢れ返り、俺の名を真っ先に呼ぶ女性の声が聞こえた。
「日向君。注文いい?」
「……はい」
 まさにキャバ嬢を絵に描いたような人が、手前から二番目のカウンターに座っていた。暗闇に沈む明るい茶髪の巻き髪を揺らして彼女は手を上げる。
「相変わらず愛想ないよね」
 彼女は雪(ゆき)さんという人で、今日で来たのは三回目だ。
「……ねぇ、本当は君いくつなの?」
「二十歳です。ご注文はいかがなさいますか」
「嘘だよね、絶対。本当はまだ高校生とかでしょ」
「お客様、ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
「嘘よ、マティーニをひとつちょうだい」
 やっと注文を聞き出してから、俺はドリンクをつくりにカウンターの中に入った。雪さんは、俺をからかうような目つきで見つめている。
「何、さっき客になんか言われてたけど」