「見ちゃった」
思わず、飛び上がる。耳にぽわっとくっつくようなささやきを不意うちで落とされて、背中がぞわりとした。
「……なにを?」
「さっくんとバッセンで会ってるトコ」
カッターシャツを脱ぎ去り、チアリーダーのユニフォームをかぶりながら、和穂はおもしろがっているのをなるだけ押し殺したような声で言った。
「きのう?」
「そそ。健太朗と会ってたんだけど、その帰りにね」
昨夜はどうしてもあのまま帰る気になれず、帰すこともできず、あれからバッティングセンターへ行ったんだ。おじさんはもういなかった。カウンターの灰皿には、吸殻の山ができあがっていた。
朔也くんは140キロのレーンに閉じこもり、黙々と白球を打ち続けていた。わたしはそれを眺めたり、たまに80キロのところで打ったりもした。会話はほとんどなかった。
1時間ほどたったころ、朔也くんのほうからぽつんと「帰りましょう」と言われたのだった。
わたしたちは黙って丁字路まで歩いた。なにも言葉が見つからなかった。たぶん、お互いに。
けっきょくお守りは渡しそびれちゃったな。
「その言い方、さてはきのうだけじゃないね?」
和穂って痛いところを逃さずに突いてくる。
わたしも制服からユニに着替え、黙って髪をひとつに結っていると、別な手のひらがそれを奪って続きをやりだした。ダンマリはダメってことね。
「おとといと、その前も。最初はたまたま会っただけだけど」
「最初『は』?」
「しつこーい」
くすくすという笑い声がうなじにかかる。和穂はそれ以上はなにも聞かず、慣れた手つきであっという間にわたしの茶髪をポニーテールに変えてしまった。