「大丈夫だよ」


涙のせいでぐんぐん狭くなっていく喉を、無理やり開いて言った。いつしかわたしもいっしょになって泣いていたのだ。


「大丈夫だよ。朔也くん、ねねちゃんは、ぜったい生きてるよ。事情があっていまはここに来れないだけで。大丈夫だよ」


なんの、根拠もないけど。

なんの根拠がなくても。深い暗闇のなかにぽつんと立っている男の子に、いま、手を差し伸べられるのはわたしだけだ。


ありったけの力で小さな頭をかき抱く。右肩がぐっしょり濡れている。悲しみの温度を、直に感じる。


つなぎとめておきたいと思った。

ここに。グラウンドに。今年の夏に。


「野球を好きで、大好きで、いいんだよ。大丈夫だよ」


最大級の祈りをこめて、わたしは言った。

返事はなかった。朔也くんはずっと、音もなく、ただ涙を流した。わたしは、その愛しくて悲しい粒を、ただ受け止めた。


ふと、街灯に照らされている花が風に吹かれてぴくりと動く。

エーデルワイス。この花の名がつけられた曲が好きで、わざわざ図鑑を借りてきたことがあったな。

『大切な思い出』。
朔也くんは花言葉を知っているだろうか。


「光乃さん」


涙声がわたしの名前を呼んだ。

涙でぐしゃぐしゃの顔が右肩から離れていくと、すぐ近くで目が合った。日焼けした右腕が乱暴に顔を拭く。

朔也くんはなにか言いたげにわたしをじっと見た。わたしも、見つめ返した。聞きたいことがひとつだけあった。


「野球が好き?」


そのたったひとつをぶつけた。朔也くんは、すぐに答えをくれた。


「好きです……すごく」


ぐにゃりと顔をゆがめて。そっと、とても大切なことを口にしているように。

彼はたしかな気持ちをくれた。

それは、わたしも大切にしたい想いだった。