まるで魔法にでもかかっているかのように、5メートル先の朔也くんはぴくりとも動かない。その表情はあまりに固かった。なぜだかとても、不安げだった。

わたしも不安になった。

思わず駆け寄る。


「……お花、朔也くんが?」


朔也くんは足元に視線を落とした。ハイ、かすれた声が小さく、ほんとうに小さく大気を揺らす。

そして、長い長い、沈黙。夏の虫たちがやかましく大合唱しているのが遥か遠くで聴こえた。


「定期的に、供えに来てます」


痰がからんだような声で、朔也くんはとつぜん言った。わたしは黙って次の言葉を待った。


「……ちょうど一年くらい前、ここで、事故があって」


ぽつり、ぽつり、彼は言葉を落とした。


「女の子と乗用車の事故でした。たぶん、けっこう大きかったと思います。ドンって音がして。悲鳴もすごくて。朝の忙しい時間帯で、おれは部活があってすぐに退散しちゃったので、よくわからないんですけど」

「うん」

「はねられたのは、知ってる女の子でした」


相槌は打てなかった。


「よくこの交差点で会う子でした。最初にしゃべったのは去年の春、入部したてのころです。持ってたボールをおれが落として、それを拾ってくれたのが始まりで」


シニア最後の試合で打ったホームランボールを、朔也くんはスポバのなかに持っていたらしい。

野球するのって聞かれて、するよって答えて。それからというもの、『野球のおにいちゃん』と『ねねちゃん』は、ここで顔を合わせるたびに話をするようになったんだそうだ。


「おれ、その日に限って、寝坊したんです」


あまりに苦しげな声に、わたしまで息が詰まりそうになった。たまらず、両手をとった。


「おれがちゃんと起きて、いつも通りの時間にここに来てたら……」


その手はとても、震えていた。