ここが、朔也くんが暮らしている街。といっても隣の中学校区なのでよく見知った場所だ。
なんの変哲もないコンクリートを大切に踏みしめて歩いた。本当によく見知った場所、何度も来たことのある場所に変わりはないのに、倉田朔也という男の子が生まれ育ったと思うだけでどこか特別に感じてしまう。
かつて彼は、ここで、野球と出会ったんだ。
いまも、ここで、野球と遊んでいるんだ。
奇跡みたいだって思う。野球に愛された少年が、同じように野球を愛したこと。それがずっと続いていること。
早く顔を見たいと思った。
にぱっと笑う顔。はにかんだ顔。野球が好きでたまらないって顔。
わたし、朔也くんに会うたび、ほっとしているよ。
どれくらい歩いただろう。長いこと足を動かしていたような気もするし、ぜんぜんな気もする。
少し大きな交差点に差しかかったとき、街灯の下に見えた影が今夜会う約束をしていた少年だということに気づいて、わたしは歩みを止めた。でも声をかけることはできなかった。
彼が、硬く冷たいコンクリートの上にひざまずいていたから。目をつむり、とても真剣に手を合わせていたから。
街灯に照らされた花が彼の足元でぼうっと輝いている。あの小さな白い花、知っている、エーデルワイスだ。
献花だ、と一瞬で理解した。
もしかしたら、この場所で事故があったのかもしれない。そして、それは、朔也くんに関係のある人なのかもしれない……。
声をかけるタイミングを完全に見失い、いろんなことをゴチャゴチャ考えているうちに、彼は立ち上がった。ゆっくりと視線がこちらに移る。すぐに、目が合う。
「あ……」
ふたりしてうろたえた。こんばんは、というまぬけな挨拶に、いつもの元気な挨拶は返ってこなかった。