「隆規くん、元気?」


野球のことを言われているんじゃないとわかっていても、元気ですときっぱり答えてしまうのにはどうしても気が引けた。

きっとおじさんはここに通っていたころのおにいしか知らないのだろう。“野球少年”だったおにいしか。そういう意味では、おにいは、元気じゃないよ。


「大学生かな? もう、卒業した?」


吸い終えた煙草を灰皿に押しつけながら、おじさんが言葉を変えて質問しなおした。


「はい、今年、4年生で。いまは北陸のほうにいます」

「そっか。ちょっと、遠いね」


おじさんはおにいのことをいろいろ聞いてきたけど、野球のことだけは決して聞いてこなかった。きっと知っているんだ。おにいがもう、野球はしていないこと。


隆規くんが昔よく連れていた女の子はキミかなと聞かれて、なんだか恥ずかしいような気持ちになった。ここに来るときといえば決まってブスッとふくれていたから。泣いていたこともあると思う。

ばつが悪くて口をとがらせていると、なつかしそうに目を細められた。変わってないねと言われている気がして、あわてて口角をキュッと上げた。


「そうかあ、あの妹ちゃんが、大人っぽくなったね。ぜんぜんわかんなかったよ。髪も茶色にしちゃってサ」


髪が茶色いのはきっと成長とは別の話だ。


「そういや、朔也くんとはつきあってないんだっけ?」


あまりに唐突すぎて、最後のひと口が気管に入っておもいきりむせた。おじさんがおかしそうにけらけら笑う。


「……ないです」

「こんなさびれたバッセンで高校生の男女が密会して、なにもないってねえ」


さびれたって、自分で言うのか。あと言い方がヤらしいのが気にさわる。ぜったい、わざとだ。


「かわいい後輩?」


この人、昔に比べてかなりジジくさくなったと思う。歳はとりたくないな。


「それとも」


黙っているわたしに追い打ちをかけるように、おじさんはさらにニヤッとした。


「隆規くんと重ねてるとか」


ドキリとも、カチンとも、ギクッとも違う音が心臓のあたりから聞こえた。折りたたんでいた紙パックが手のなかでベコッと鳴く。