「いよいよ3回戦だね」


動かないバッティングマシンを眺めながら言うと、2日後に試合を控えた選手は少し緊張した様子でハイと答えた。


「これから試合もどんどんツメツメになってくね。疲労たまっちゃわない?」

「試合だと授業出なくていいので平気です」

「あ、そんなこと言ってるからダメなんだよー」


朔也くんが少年のようにいたずらっぽく笑う。

平日の公式戦は、野球部はもちろんのこと、わたしたち応援部隊も公欠となる。
それは和穂も喜んでいたな。3年生のこの時期になるとどの科目もほとんど復習で、授業といっても名ばかりだし。


市川の肩はどうか訊ねてみると、大丈夫ですよと気遣わしげな答えが返ってきた。それから自然と春日の話になり、涼の話になり。

そこで、朔也くんが黙った。なにか考えこんでいるみたいな横顔を不思議に思っていると、やがて目が合った。


「……お守りは、くれないですか?」

「えっ?」

「涼さんのスポバについてるのは」


少しの間があいて、「光乃さんが」と続く。


「つくったやつですよね」


へたくそなのは重々承知なのでチガウと言いたかったけど、バレる嘘をついても仕方がないので、わたしはうなずいた。


「朔也くんのぶんも、あるよ。涼のやつ見ればわかると思うけど、へたくそだし、朔也くんなにも言ってこないからほんとにいるのかなとかゴチャゴチャ考えてたら、渡せなくって。いじわるしてたとかじゃないんだけど。はりきって渡してイラネって思われたら嫌だなとか」


なに言ってるんだろ。恥ずかしい先輩だな。


「おれ」


だらだらと早口に続いていくわたしの言葉を遮るように、朔也くんが声を出した。


「『本気だったの?』って笑われるのがこわくて、言い出せなくて。……なかったことにされてるのかなって思ってました」


それは、こっちの台詞だ。
ぽかんとしていると、朔也くんも情けなく眉を下げて、わたしを見た。

ふたりいっしょに吹きだした。おかしさと、ヘンな安心感と、恥ずかしさと。たぶん同じ気持ちで笑ってる。へろへろとした力ない笑い。


「もう、じゃあ、あした持ってくるよ」


腹筋に力が入っているような、入っていないような感じで、上手くしゃべれない。朔也くんもまったく同じふうに返事をした。

約束じゃないみたいな、だけどたしかに、わたしたちはあしたもここで会う約束を交わしたのだった。