もしかしたら誰も知らないのかもしれない。この男の子の夢を、わたし以外には。
恥ずかしそうな、それでいて純真無垢な表情を見ているうち、そんなふうに思ってしまった。なんだか、とても重要な秘密を打ち明けてもらったような気分だった。
「朔也くん」
名前を呼んだ。たぶん知らないうちに、呼んでいた。
さっきとはぜんぜん違った意味の響きだと、自分で思った。
「がんばってね」
なんて無責任な言葉だろう。きっとすごく大切なことを教えてもらったのに、こんな気のきかない台詞しか言えない自分が嫌になる。
けっきょく、わたしはなにもできない部外者だ。
それはおにいが現役のときも感じていた。
「不思議なんです」
それでも、朔也くんはうれしそうに笑った。
「村瀬さんにそう言われるたび、ほんとにがんばれるんです。言葉じたいに力が宿ってるみたいに」
心のいちばん底の、ずっとしまいこんでいた場所で、記憶の壁がべりべりと剥がれていく音がした。
おにいも、同じことを言ったんだ。光乃の『ガンバレ』はすごいなって。すごいパワーがもらえるんだって。
ずっと、その言葉を宝物みたいに思っていた。そして口癖がガンバレになった。おにいの肘がぶっ壊れた日の朝も、わたしは、『がんばって』と送り出したんだ。
あんなこと言わなければよかった。わたしがちゃんと止めていたらよかった。
本当はわかっていた。おにいはもう、がんばっちゃいけないんだってこと。
「おれも、名前で呼んでいいですか?」
遠慮がちにされた問いかけには、うなずきだけで返した。ちょっと顔を上げられる状態ではなかったのだ。
ふいに、ひやっとしたものが頬にくっつく。さっき買ったペットボトルだった。中身はきのうと同じスポーツドリンク。
「飲みますか?」
「……泣いてないよ」
「泣いてるかと思いました」
茶化すような物言いなので、ほっぺに軽いパンチを入れてやる。しかし、そのはずが、大きな右手に阻止された。
つぶれたマメだらけのかたい手のひら。そっと指でなぞると、くすぐったいです、とすぐに引っ込められてしまった。