「朔也くん」
冗談半分で呼びかけてみた。これ一回きりのつもりだったのが、あんまりびっくりした顔をされたので、おもしろくなってしまってもういちど「朔也くん」とくり返す。
3回目の呼びかけで、「あの」と言われた。あ、ちょっとからかいすぎたかも?
「ごめんごめん、怒らないで」
「……怒ってないです」
なぜかすねたような口調で言うと、おもむろに立ち上がり、倉田くんはマシンに100円玉を投入した。80キロだけどいいのかな。
「名前で大丈夫です」
そう言い残し、彼は打席に立った。
しかし球速が遅すぎてぜんぜんタイミングが合っていない。20球すべてがボテボテの当たりで終わったリードオフマンは、げんなりした顔でこっちに戻ってきた。どうやらスローボールは苦手らしい。
きょうはわたしが飲み物を買った。冷えたペットボトルを渡すと、こっちが恐縮するくらいうやうやしくお礼を言われた。
「なんでウチの学校に入ったの?」
ふたたびならんでベンチに腰かける。なんとなく手持ち無沙汰になったので、ずっと疑問に思っていたことをぶつけてみた。
「正直、“強豪”からのスカウトだってあったでしょ?」
ウチもそんなに弱くははないけれど、確実に甲子園を狙えるかと言われたら微妙だ。それに公立だから、私立校ほどの練習時間を確保できるわけじゃない。
倉田くんはちょっと考えるそぶりをしてから、コクリとひとつうなずいた。
「でも、おれは体格に恵まれてないんで……この先ずっと野球でやっていけるかって言われたら、たぶんかなりむずかしいと思うんです。だから勉強はちゃんとしとこうかなと思って、普通受験で入りました。まあけっきょく勉強はボロボロなんですけど」
最後のおどけたような口調が年相応でかわいい。
でも、たぶん、彼は彼なりにものすごく考えて、きっと少なからず葛藤もありながら、答えを決めたのだろう。そういう顔だった。
「プロになりたいって、思う?」
かなり踏み入った質問だということは自覚していた。
倉田くんはちょっと驚いたように目を見張り、それからはにかむと、声をひそめて「はい」と答えてくれた。