「ピッチャーだったよ」
口からするんと落っこちた。自分でもびっくりするくらい、自然にしゃべっていた。
「もうやめちゃったんだけどね、野球肘やっちゃって。球速も、制球力もあって、体格もけっこう恵まれてて、ピッチャーとしては完璧に完成してたんだけど、体の成長がどうしても追いついてなかったみたいで」
倉田くんはぎゅっと押し黙っていた。こんな話をされてもなにを言ったらいいのかわからないだろう。彼は現役だし、なおさら。
でも、いまは、どうしても聞いてほしかった。
あの夏に置いてけぼりになったままの心の内を、もしかしたらずっと、誰かに吐露したかったのかもしれない。
がんじがらめの糸をするするとほどくような気持ちだった。倉田くんは、そっと耳を傾けてくれていた。
「最後の夏だからって言って、限界まで騙し騙し投げちゃったんだよ。けっこう、プロのスカウトとかも見に来てくれてたのにさ、バカだよね、自分で将来つぶすようなマネして」
きっとあの夏はおにいにとって最大のチャンスだった。プロから期待されるためには、高校野球の先を本気で目指すためには、おにいは絶対に投げ続ける必要があったんだと思う。
でも、結果的に、それがすべてをつぶしてしまった。
あの夏、投げるのをやめてちゃんと治療していれば、完膚なきまでに肘をぶっ壊してさえいなければ、おにいの野球人生は終わっていなかったはずだ。
いまだって、きっと。
「……もしかして。村瀬さんのお兄さんって、村瀬隆規さんですか」
ワンテンポおいて、倉田くんがおずおず言った。驚いて左側を見ると、やっぱり、という顔をされた。
「知ってます。おれも同じシニア出身なんで。当時、すごいOBがいるって話題だったんすよ。中1のころは何度か試合も見に行きました」
倉田くんが中1というと、おにいが高3か。
最後の試合も倉田くんは見たんだろうか。
それは、聞くまでもなさそうだった。倉田くんは苦いような切ないような顔をして、うなずくような動作をした。
たぶん、見てたんだ。マウンドにうずくまるおにいの姿。
「村瀬さんは、村瀬さんの妹さんだったんですね」
ムラセサンがふたつあるからわかりにくいよ。思わずプッと吹きだすと、信じられないほどか細い声で「ミツノサンは」と訂正された。
こそばゆい。名前でサン付けは、誰にも呼ばれたことがないな。