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お父さんと、お母さんと、朝から一言も口をきいていない。たぶん、お父さんとお母さんもしゃべってない。

呼吸するのもしんどいほど重苦しい空気。かんべんしてくれって思ったけど、わたしがこの空気をつくっているんだなとすぐに気づいて、どうにもいたたまれなくなった。

ほとんど手つかずの夕食をテーブルに残したまま、こっそり家を出た。


バッティングセンターには誰もいなかった。

15分くらい、きのうと同じスロット台のところに腰かけていたけど、倉田くんがやって来る気配はなかった。

なんとなく立ち上がり、ふらふらとバット置き場に向かう。パーカーのポケットに小銭を持ってきたので、せっかくだし打ってみようと思ったのだ。


右打ち80キロのレーン。100円玉を投入すると、20メートルほど先にあるバッティングマシンが、ぐおおと低い音で唸りながら動きだした。

なつかしい、この古びた音。昔よりもっとスゴイ音になっている気がするけど、おじさん、ちゃんとメンテしてるのかな?


最初の3球はかすりもしなかった。4球目でバットの下のほうにチョイっと当たり、5球目からはなんとなく打ち返せるようになった。

本当のピッチャーと違って全球ほぼ同じ場所に飛んでくる。コツを掴めさえすれば、当てることは簡単だ。


「ナイバッチです」


20球すべてを吐きだし、疲れた様子でゆるゆると動きを止めたマシンと反対側で、いきなり声がした。


「すごいですね。めちゃめちゃ当たってました」

「ただ打ち返してるだけだよ。ぜーんぶアウト」


振り返りながら苦笑してみせると、ラフなTシャツをぺろっと着たバッセン仕様の倉田くんは、表情に笑みを残したまま小刻みにかぶりを振った。


「ちょっと練習したらすぐホームラン打てますよ。なんといってもフォームがきれいなので」


もしかして経験者ですか、と続いた質問に、思わずうろたえてしまった。倉田くんがおでこをちょっと動かしてわたしを見る。


「わたしじゃなくて、兄がね。ずっと野球やってたんだ。多少、教えてもらったりもしてたから、そのせいかも」


ネットの向こう側に戻り、ベンチに腰かけた。倉田くんが同じように隣に座ると、古びた四本脚がキシっと鳴いた。