「村瀬さんは、いちばん大切なことをきちんとわかって、ちゃんと考えてるんだと思います」


いちばん大切なことって、なんだろう。
そんなことすらわからないわたしが、いったい、なにをわかっているというのだろう。

倉田くんは言葉をつけたさない。なんの説明もしてくれない。


「てきとうにごまかさずに、逃げずに、真っ向から自分の心とぶつかってる村瀬さんは、人生なめてなんかないです」


かわりに、そう言った。


「だからぜったい大丈夫です」


違うんだよって、言うタイミングを逃してしまった。

倉田くんがなんの疑いもない口調で語るから。一生懸命、わたしみたいなのを元気づけようとしてくれているのが伝わってくるから。


違うんだよ。わたしは、たぶん、なにとも向き合ってなんかいない。

考えるのを放棄してしまっただけだ。その言い訳を、それらしくしゃべっているだけだ。


「……うん。ありがとう」


かっこわるい。


鼻のいちばん奥がつんとした。飲みこんで、精いっぱいの笑顔をつくって、左側を見た。目が合うと、倉田くんはほっとしたようににぱっと笑った。

わたしも、ほっとしている。
倉田くんの『大丈夫』が、病気のときに飲む薬みたいに、体の真ん中から全身へ栄養を運んでいくのがわかる。それがかすかな安心に変わっていくのがわかる。

かすかだけど、たしかだ。


「あ、村瀬さんおしゃれなのでファッション系とかどうですか」


いきなり、倉田くんは大まじめに言った。あまりの言葉にズッコケそうになる。


「おしゃれって……、ただ髪が茶色いだけでしょ」


しかもぜんぜん似合ってないんだからダメだ。


「じゃあ面倒見いいのを活かして先生とか」

「冗談やめてよ。たぶんそれ、いちばん向いてない職業だと思う」


ろくに吟味もせずソッコーで却下したのが気に入らなかったらしく、倉田くんはどこか不服そうな色を表情に浮かべた。

なんだ、なんだ、てきとうに言ってみているわけでは、ないのかい。


「言っとくけど、面倒見はよくないよ?」


確認するように言ってみても、いいえ、ときっぱり否定されてしまった。


「そんなことないです。寺尾も、言ってました。いっぱいよくしてもらってる、すごくいい先輩なんだって」


急にその名前が出てきたので面食らった。倉田くんの口から柚ちゃんの話を聞くのって、そういえば、はじめてだ。