「ウチ、姉ちゃんがけっこうコワイんですけど。おれが泣くとすげー勢いで怒るんです。『男が泣くな!』って。でも、水分と塩分、抜けた分だけとっとけって、いつもスポドリ渡してくるんですよね。わけわかんないっす」


なるほど、だから、このチョイスね。やっぱり泣いていたことはバレているみたいだ。


「かわいいお姉さんだね」

「いや。ほんとにコワイんすよ……」


素直な感想を口にしたとたん、かなり苦い顔をされた。でも心から嫌がっているわけじゃないのはわかる。顔を見ているだけでお姉さんととても仲が良いのだということが伝わってきた。


好奇心のみでいろいろ質問しても、倉田くんはきちんと答えてくれた。

お姉さんは倉田くんより3つ上のはたちで、県内の大学に通っているという。以前と変わらずマドンナでバイトをしているらしい。
見た目はどちらかというとおっとり系、なのに中身は鬼だから詐欺なのだと、弟はどこかすねた口調で言った。


「野球始めたのも姉ちゃんの命令だったんですよ。小1のとき、ここに家族で来たことがあって、『野球やってちょっとは男らしくなれ』って、姉ちゃんの思いつきみたいな言葉で。なんかもうこわくて断れなかったです」

「え、そうだったんだ!」


意外だな。倉田くんがやりたがったものだとばかり思っていた。


「最初はたぶん、姉ちゃんに対する恐怖と意地で続けてたと思います。いまはもちろん、好きでやってますけど」

「でもそれで開花しちゃうんだからすごいよ。それともお姉さんは最初から倉田くんの才能に気づいてたのかも」


本気で言ったのに、笑って謙遜された。


「でも、だからか、なんかあったときはどうしてもここに来ちゃうんですよね。なんとなく初心に帰れるっていうか」

「え。じゃあ、きょうも?」

「きょうは監督にボロクソ言われたので!」


そのわりには楽しそうに笑っている。力がへろへろと抜けそうになった。

わたしも、きょうはコテンパンに言われたな。こんなふうに笑えていたら、あんなにデカイ喧嘩にはならなかったのかな。


「でも、やっぱり、きょうは来といてよかったです」

「ちゃんと初心に帰れた?」

「はいっ。あと、村瀬さんがいたので」


びくっとしてしまった。
いますごく恥ずかしいことを言われた気がする。でも倉田くんはなんでもない口調なので、他意はないのかもしれない。


「最初は誰かわかんないし、ぐったりしてるし、意識ないのかと思ってびびりましたけど。救急車呼ぼうか真剣に悩みました」


しかしよくよく見ると知っている顔だったので、とりあえず呼びかけた、ということらしい。

救急車を呼ぶ前にわたしだということに気づいて、呼びかけてもらえてよかった。外で寝ちゃうのだけはやめようとひそかに心に誓った。