「体調悪いですか?」


男の子にしてはちょっと高い声が、できるだけトーンを低くしながら、もういちど落ちてきた。わたしは両手で顔を覆ったまま小さくかぶりを振った。


「……あの。いっこ聞いてもいいかな。ずっとあのレーンにいたのは倉田くん?」

「たぶんそうです。ずっと打ってたので」


そうだったんだ。あの男の子は倉田朔也くんだったんだ。
そうか、だから、あれだけポコポコ打てていたんだな。ウチのリードオフマンは打率もかなりいい。


「ぜんぜん気づかなかった」

「おれも、人がいるなんてぜんぜん気づかなかったです」


少しの沈黙。

いつまでたっても気配が消えないので、ついにおそるおそる手のひらをよけると、どこか幼い瞳とばっちり目が合ってしまった。あんまりびっくりして動けないわたしを、倉田くんは観察するみたいにまじまじと見つめた。


「ちょっと待っててください!」


とつぜん思いついたように言って、荷物を置いたまま行ってしまう。

球児としては小さな背中が向かったのは隅っこにある自動販売機だった。ひと昔前の飲み物ばかりがならんでいるそのなかから、倉田くんは、上段のいちばん右を選んで押した。


「どうぞ!」


500mlのペットボトルが目の前に差しだされている。白い爽やかな半透明の液体はスポーツドリンクだ。


「ほっぺた冷やしたほうがいいです」

「え……」

「けっこう、腫れてますよ」


言われて、ぶたれたところを指先でさわってみる。ひりりと痛い。ちょっと熱も持っている。ずいぶん派手にやられたんだなと実感して、恥ずかしくなった。
こんな顔、見られちゃうなんてな。


ありがとうと受け取った。倉田くんはいつもよりほんの少しだけ大人びた感じに微笑んで、それからとても自然にわたしの隣に腰かけた。

冷えたペットボトルを左頬にぴとっと当てる。気持ちいい。


「おれって、子どものころ、すげー泣き虫だったんですよ」


倉田くんは唐突に言った。


「小学校低学年くらいまでは、夜ごはんにニンジンが出ただけでびいびい泣いてました」


なにそれ?

思わず、笑っちゃった。


「嫌いなの?」

「もう食べられます」


えらぶって言うからもっと笑っちゃった。