どうしてこんなところに来ちゃったんだろう。
ここらで唯一、夜遅くまでやっているボロいバッセン。とうにつぶれたと思っていた。
まだ、やってるんだな。なんか、なつかしいなあ。
そういえば、お母さんと喧嘩したときは決まっておにいがここへ連れ出してくれたっけ。
むかついたときはかっとばすのがいちばんだと言われてバットを握らされるけど、ぜんぜん当たらなくて、わたしはもっとふてくされて。おにいが速い球をバンバン打つもんだからなおさらふくれちゃって。
そんなわたしに、おにいは決まってホームランを打ち、景品のしょぼいストラップをプレゼントしてくれた。すごくうれしかった。
あれはたぶん、ストラップじゃなくて、おにいがホームランを打ったことがうれしかったんだな。思い返せばそんな気がする。
140キロのレーンで打っている男の子がいた。
わたし以外には彼しかいない。受付のおじさんすら見当たらない。
ぜんぜん流行っていなくてびっくりする。いまどき、バッティングセンターなんて流行らないか。
絶えず響いている軽快な金属音はあのバットが鳴らしているんだろう。それにしても一球も外さないので感心してしまう。
端っこにあるスロット台の椅子に腰かけ、ぼうっとその様子を眺めた。泣き疲れたのか、いつの間にか目を閉じていた。
軟球と硬球の音は違う。硬球よりも少しだけ優しい音が心地よくて、まどろみのなかへ沈んでいくのを感じた。
「村瀬さん」
いったいどれくらい経ったんだろう。ふと、遠慮がちな声が降ってきた。
重たいまぶたをぐっと持ち上げる。ぼやけた視界のなかで、誰かが、わたしを見下ろしていた。
とてもよく知っている顔だった。
「……大丈夫ですか?」
言いながら、倉田朔也くんは、心配そうにわたしの顔を覗きこんだ。
頭がぼんやりしていてよくわからない。声が出せないし、動けない。
やがて、ビー玉みたいなふたつの瞳を見つめ返しているうちに目が覚めてきて、わたしはやっと顔を隠したのだった。
やばい。そういえば、おもいっきり泣いたあとだ。