顔を上げると見慣れたボウズ頭と目が合った。ニヤッとされる。でも、いじわる100%の顔じゃないというのはなんとなくわかる。
涼はたまにこういう顔をする。たぶん、涼にしかできない表情だ。
「意外と聞こえるんだよなあ、応援の声って。うわーそういや光乃見てんじゃん、ぜったいミスできねーって思いながら試合してたよ」
「なにそれ。またてきとうなこと言ってさ」
「ほんとだって! マジマジ。ミスったらすげー勢いで怒られるんだろうなって思ったら、何回も気ィ引き締まった」
差しだされていた右手がわたしのスクバを指さした。
「だから、いつでも光乃のコワイ顔思い出せるように、それちょうだい」
コワイってなんだ!
ほんとに失礼な男だよ。それに、恐ろしいほど口が上手い。そんなこと言われたらもう渡さない選択肢はないじゃないか。
「ウッワ、どへたくそ!」
ユニフォームみたいなものをかたどった、お守りみたいなものを受けとるなり、涼は言い放った。笑いをこらえようともせずに。
まあ、ヘタにフォローされるより、笑い飛ばされたほうがマシだ。ほんとにどへたくそだから。
「あー、元気出る。やっぱり光乃って最高だわ」
「ゼンッゼン褒められてる気がしないわ!」
なおも笑いながら教室のうしろにあるロッカーへ向かった涼は、その上にドンと置いてある自分のスポバに、ソレをぶら下げた。よりにもよっていちばん目立つところに。『藤本』の刺繍がされてる、その横。
得意げにこっちを見ながら「どう?」と問われたけど、なんにも答えてやらなかった。
「拗ねるなよー」
「べつに」
「じゃ、照れてんのか」
「ハァ?」
言い返そうとしたところで和穂がオハヨーとやって来た。めずらしく遅い登場は、いままで春日といっしょだったらしい。