五番バッターはきょう当たっていない。だから、ふつうに投げれば、ぜったい大丈夫だ。
だけど高校野球はなにがあるかわからないから。
それがなによりおもしろくて、こわいところでもあって。
それに、マニアでオタクの和穂によれば、この五番は当たるとけっこうデカイらしい。
内野も外野も下がりぎみだった。
「――あ……!」
和穂が短く声を上げた。
ぐるんとまわった銀色のバットが、市川の放ったストレートをとらえていた。
あ、やばい、二遊間抜ける……、いや、セカンド!
「りょうっ!!」
走りながら体勢を低くした涼が転がってくる白球を拾った。そしてグローブのなかから直接放たれたそれを、すでに二塁を踏んでいた倉田くんが確実に受け取って。
一塁ランナーをアウトにした瞬間、倉田くんは体勢を立てなおし、素早く一塁へ送球した。
「ゲッツー!」
和穂が興奮しきって叫ぶ。
同時に、塁審がアウトを叫ぶ。
ダブルプレー。
試合終了だった。
「みつのッ」
涙声の和穂が首に抱きついてきた。言葉になってない言葉をすぐ耳元で聞いているうちに、視界がぐにゃりとゆがんだ。細い体を力いっぱい抱きしめる。お互い汗でぐしょぐしょだけど、そんなのはどうだってよかった。
どうして、泣いてるんだろう。
どうして、勝ったのに。
ふと、おにいが言っていたのを思い出す。
『接戦って、不思議とさ、負けたときよりも勝ったときのほうが涙が出てくるんだよな』
ほんとだね。不思議だよ。
おにいも、こんなふうに、苦しい試合を切り抜けたあとは泣いたのかな。
「おめでとうっ」
挨拶のあとでこちらへやって来た選手たちに、柵から身を乗りだしながら精いっぱい言った。
ふいに涼と目が合って指をさされ、ニシシという感じで笑われた。その涼になにか吹きこまれたらしい、隣を歩いている倉田くんも顔を上げてこっちに視線を向けた。あいつ泣いてるぜとか、どうせまたよけいなこと言ったんだろうな。
倉田くんはすでに、普段の少年のような顔に戻っていた。
いつもみたいににぱっと笑う。そして、ぺこっと小さく頭を下げる。
おめでとう。お疲れさま。
初戦突破だ。とても大事に戦えたと思う。たぶん、次も、大丈夫。