涼の打席を最後に初回の攻撃は終わった。ショートゴロ。無四球の2ストライクで追いこまれたあとだったので、アウトにはなってしまったけど、よく振ったと褒めてあげたいバッティングだった。


「さっくんやばいね」


攻守が入れ替わり、わたしたちもスタンドへ沈むなり、和穂が隣へやって来て言った。


「うん、やばい。ねえ、あれたぶんモーション盗んでるよね?」

「間違いなくね。どんな目してるのよ。野生児だよ、ほんと。健太朗が『宇宙人』って言ってたのがやっとわかった」


涼といっしょにグラウンドの真ん中へ駆けていく小さな影を目で追う。

こうして見るとただのかわいい野球少年なんだけどな。試合が動きだしたとたん、人が変わったみたいになっちゃうんだもん。いい意味で。


「おにいがいちばん嫌がるタイプの選手だなあ」


ぽろっとこぼれてしまった言葉を聞いて、和穂がぎょっとした。わたしもぎょっとした。まさか、おにいが野球をやっていたころの話が、こんなに自然に口から出てきちゃうなんて。


「ずっと思ってたけど、光乃、明らかにさっくんに触発されてるよね」

「……そう、かな」


たしかに、倉田くんに出会ってから、おにいが現役だったときのことを思い出す機会が多くなったかもしれない。


「でも、ポジションもプレースタイルも体格も性格も、ぜんぜん違うよ」

「いっこだけ共通してることあるよ。タカくんもさっくんと同じ、天才タイプだった」


はっとした。同時に、金属バットが白球を打つ音が球場に響いた。

二遊間強襲。ふつうであれば諦めてしまうようなその打球を、倉田くんは常人離れした反射神経で捕球し、的確に一塁へと送球した。

いまのはきっと、倉田くんでなければアウトにできていなかった。


倉田朔也は愛されている。
野球の神に愛されている。

かつて、おにいがそうであったように。


「お守りのもうひとつ、あれってさっくんのでしょ?」


和穂はすべてを見透かしたように言った。

答えあぐねているうち、スリーアウト、チェンジ。相手は三者凡退で初回の攻撃を終えた。

スコアは依然として1-0のままだ。