相手ピッチャーも市川と同じ剛腕タイプだ。しかも緩急を使い分けてくる。動体視力がかなりいいはずの倉田くんでさえタイミングを合わせるのにひと苦労なようで、思いきったスイングが一度もできていなかった。
ボール、ボール、ファウル、ストライク。
5球目で、しっかり振り抜かれたバットが確実にそれをとらえた。気持ちのいい金属音とともにワッと歓声が上がる。
倉田くんは飛んでゆく白球を目だけで追いかけ、次の瞬間バットを捨てると、矢のような速さで一塁へ向かった。
ライト前ヒット。
相手もかなり腕のいい投手だ。まさか先頭打者にとらえられるとは思っていなかっただろう。
倉田朔也が塁に出た。
これは、ウチにとってかなり大きい。
二番バッターはセカンドゴロに倒れ、ワンナウト一塁に。
倉田くんが動いたのは三番バッターが打席に立ってすぐだった。すでに何度も牽制されているというのに、ピッチャーが振りかぶったときにはもう、彼は二塁に向かって走りだしていたと思う。
ピッチャーも、キャッチャーも、刺せなかった。二塁へ送球することすらかなわなかった。
盗塁成功、ワンナウト二塁。
イチかバチかの賭けだったんじゃないかな。あそこで躊躇せずに走るのにはものすごく勇気がいったはずだ。
でも、と思う。
もし、倉田くんがこの短いあいだにモーションを盗み、確信をもって走ったのだとしたら。
まだ初回、賭けに出たとは考えにくい。そんな危ない橋を渡る必要がない。
たぶん、倉田くんは、たった数球のうちで投手の癖を見破ったんだ。ぜったい牽制されないという確信をもって走ったんだ。
ほんとにこわい子だと思った。
あの野球センスはきっと、神様からの贈りものだ。
わたしのすぐ前で踊っていた和穂が振り返り、一言「やばいね」ともらした。うなずくしかできなかった。だって、同じこと思ったんだもん。あの子はマジでやばいって。
倉田くんに鼓舞されたのか、三番バッターはセンター前ヒットを放ち、出塁。
これでワンナウト一三塁となり、続く四番・春日のライトへの犠牲フライで、倉田くんはホームへ帰還した。
1-0。